第13章「ていと」 3-6 バーレン=リューズ神聖帝国全魔術師協会
ルートヴァンが思わずそう云って苦笑したとき、
「すみません、もう5杯、ください~~~!」
10杯を瞬く間に飲みつくしたペートリューが、約束を破って追加注文をしていた。
驚いたルートヴァンが、
「ちょっと、ペーちゃん!」
「もう5杯だけ、お願いですルーテルさん、5杯だけ~~」
「そこは、もう1杯だけ、だろ!」
そこに女給がやってきて、
「すみません、今日の分のビールが、もう……」
「えええ~~~~!」
ペートリューが素で目を丸くし、ルートヴァンが手を打って、
「残念だったね、ペーちゃん! 売り切れだってさ! さ、そろそろ御暇しよう。おい、会計だ」
「ルーテルさあん、ワインでもいいしい! 焼酎でもいいですからあ!」
「また明日、飲めばいいじゃないか!」
「じゃああ~~~明日ですよおおおお~~~明日あああ~~~約束ですからね~~~~~~~~~」
そこでキレットが苦笑半分、素が半分の複雑な表情で、
「殿下……そこはせめて、探索の終わった後とかにしていたほうが……毎日、ここに来るのですか?」
「む……」
しまった、という顔になったが、もう仕方もない。
「お前たちは、無理につきあわなくともいい」
「まさか、殿下に押しつけるわけには……」
「まあ、待て。僕は、あいつに興味が沸いた……」
ルートヴァンが、そう云って目線でオッサンを示した。
「ただの酔っぱらいでは……」
「今はただの酔っ払いでも、かつては大魔術師だったかもしれん。ヴィヒヴァルンの諜報を逃れるほど、凄腕のな……」
「はあ……」
キレットとネルベェーンが、無表情ながらも、
「あいつが?」
という表情でオッサンを見やった。オッサンは「なんだ、もう帰るのか」と、ペートリューに眼もくれず、大きな徳利めいた酒瓶から酒を注いでいた。
キレットが会計を済ませているあいだ、ルートヴァンがオッサンに近づいた。
「ところで、近くの古書店の主人と御見受けするが……」
「ああ……御宅さんが読むような本はなかっただろう」
ルートヴァンにも眼もくれず、オッサンが云う。
「分かりますかな?」
「わかるさ」
そこでチラリと、澱んでいるがどこか独特の魔力の光る細い眼をルートヴァンに向け、
「魔力の質も量も違う。どこのどなたかは名乗らんでも結構だが……会員にしては、面白そうな御方だな」
(フ……冒険者の風体をしている僕を協会員と見抜くとは……やはり、ただものではない)
そう思って、
「せめて御名前を。オッサンが名前ではありますまい」
「名は、捨てた」
オッサンが、杯を傾ける。
「……左様ですか。では、また」
ルートヴァンは深入りせずに、その場はそのまま踵を返した。
翌日。午前10時ころ。
各々の部屋の近くの通りで落ち合った4人は、まっすぐ帝国魔術師協会へ向かった。ルートヴァン以外の在野の3人にとっては、近づくのも畏れ多いといった場所だ。
さすがにペートリューも素面だったが、キレットとネルベェーンは、昨日あれだけ飲んだのに、ペートリューが二日酔いでも何でもないことのほうが驚愕だった。
協会は正式名称を「バーレン=リューズ神聖帝国全魔術師協会」といい、およそ帝国にいる魔術師達全ての頂点ということになっているが、互助組織ではない。どちらかというと研究組織であり、圧力団体であり、護衛組織だった。護衛というのは、「特任教授」と呼称される協会に所属する勇者級の超凄腕魔術師たち……その者らが、リューズィリィ皇帝エルフが務める皇帝騎士と共に、帝都及び宮城、皇帝そして引いては帝国を護っているのだ。その「特任教授」達は、まさに上はルートヴァン級の魔術師たちであった。
かく云うヴァルベゲルとシラールも、若いころは特任教授を務めたことがある。ルートヴァンも、そろそろ推薦されるだろう……というところで、ストラが現れたのだった。
では、皇帝騎士や特任教授たちは、何と戦っているのか。




