第13章「ていと」 3-5 オッサン
さて、3人が2口ほど飲んでゴブレットを置き、料理を楽しみ始めたころには、ペートリューは2杯目を注文していた。
そのまま、肉団子やスープや煮こみ料理にはいっさい手もつけず、ひたすら飲み続ける。
ルートヴァンが無視して料理に舌鼓を打っているので、キレットとネルベェーンも無視した。そもそもチィコーザ王宮の客室棟では、ペートリューはついぞ皆と共に食事をすることは無く、部屋からほとんど出なかった。部屋で飲んだくれている……とはフューヴァやプランタンタンから聞いていたが、想像はできていなかった。こういうことだったのだ。
「おかわりくださ~~い」
10杯目を越えたところでエンジンがかかってきて、ペートリューがどんどん注文する。
そのころ、3人は3杯目でもう満腹だった。
料理も、だいたい平らげている。
「もう、入らんな」
ほろ酔いのルートヴァンが、息をついてつぶやいた。
「確かに。満足です」
キレットとネルベェーンも杯を置く。
ペートリューだけが、無限に杯を重ねていた。
「ペーちゃん、まだ飲むのかい?」
ルートヴァンに云われ、さすがにペートリューが少しギョッとし、
「え……御金、ありませんか?」
「いや、金はあるよ」
ルートヴァンが苦笑する。
「明日から仕事だよ、という意味だよ」
「あー……」
もう、キレットとネルベェーンも驚かぬ。何から何まで、規格外なのだ。
「じ、じゃ、じゃあ、あと10杯だけ……」
ルートヴァンが噴き出して笑う。
「ケタが違いますね」
キレットのその言葉は、酒の数という意味を超えていた。
ペートリューの「飲みっぷり」に、店の者はもちろん、他の客も注目していた。
「あと10杯だ!」
ルートヴァンの声に、他の客どもが響動きと歓声を上げた。
「ルーテルさん、ありがとうございますです~~~~」
ペートリューがルートヴァンを伏し拝み、さっそくゴブレットが運ばれてきた。
その時……。
「いい飲みっぷりが、いい飲み方とは限らない!」
店の喧噪を突き抜けるように、そう甲高い男の声が轟いて、喧騒がピタリと静まったのでルートヴァンたちも驚いた。
「オッサン、来てたのか!」
「こりゃあいい、オッサンに認められたぞ!」
「久しぶりだな!」
そんな声がとび、再びドッと店内が沸いた。
ルートヴァンらが、その「オッサン」とやらを見やると……。
店の片隅の、おそらく指定席と思わしき場所に陣取り、帝都近郊の蒸留酒であるリヤーノの大瓶を片手に小さな杯でチビチビと飲っている中年男性であった。
(……西方人か……?)
ルートヴァンが、素早くかつ詳細に観察した。
顔立ちが、明らかに周囲の人々と異なっていいる。タケマ=ミヅカや、バレゲル森林エルフを思わせる、いわゆる堀の浅い、一重で鼻も低いのっぺりとした感じだが、それでも混血か帝都に住んで長い西方系の帝都人といった風情だ。あるいは、西方人でも時折いる「顔の濃い西方人種」かもしれない。ボサボサの黒髪で、魔術師ローブを着ていた。顔立ちは30~40代ほどだが、西方系の人々は実年齢よりかなり若く見えるので、じっさいは50代以上かもしれない。それが証拠に、無精ひげや黒髪に、白い物がチラホラと混じっている。
(オッサン……?)
ルートヴァンがピンときて、キレットやネルベェーンに目くばせした。2人とも意味がわからなかったが、
「ほら、古書店の……」
というルートヴァンのささやきに、アッという表情になった。
「なんと……」
「まさか」
2人同時にそうつぶやき、椅子を引いて後ろ側にいる「オッサン」を見やった。オッサンは度の強いリヤーノ酒のストレートを小さな杯で一気にあおり、
「いいかね、御若いの……酒というものは呑むもので、呑まれるものではない。また、ただ呑めばよいというものではない。単に量を誇るのは、若気の到りでゲゲゲの下だ。どのように呑むか……どうやって呑むか……いつ呑むのか……何を呑むか……呑んでどうするのか……世を儚むのか……死を尊ぶのか……生は暗く、死はなおもまた暗い……暗闇の中にこそ、酒を呑むことの神髄がある……」
「酔っ払いのくせに、やけに詩人だな」




