第13章「ていと」 3-3 買いだめ
「フフ……店主には会ってみたいが、本はありきたりなものばかりのようだ。わざわざ買うようなものは無いな」
「皆様方では、そうでしょうね」
少年もにこやかにそう云って、奥に戻ろうとした。
「あ、あの、あのあのあのあの、すみ、すみすみません……」
その少年の後ろ姿に、あわててペートリューが声をかける。
「なんでしょう?」
「あの、てん、店主さんって……どこでお酒を買ってます?」
ルートヴァンが再び失笑。キレットとネルベェーンも、あっけにとられてペートリューを凝視した。少年が振り返り、
「え? 酒屋ですか?」
「は……はぃ……」
急に恥ずかしくなったペートリュー、消え入るような声となる。
「5件ほどあっちに行ったところに、御主人様御用達の酒屋がありますよ。周囲の酒場などに卸しているところです。宮城にもたまに酒を入れるとのことで……隠れた老舗です。『古本屋のオッサン』に聴いたとおっしゃって頂ければ……話が速いと思います」
ボサボサの赤毛に隠れたペートリューの表情が、パッと明るくなり、
「あ、あ、ありがとうございますう!」
そう云うや、ルートヴァン達を置いてサッと店を出て行ってしまったので、ルートヴァンがさらに苦笑しつつ、
「では、我らも行こうか。邪魔したな」
キレットとネルベェーンを引き連れて店を出た。
すると、ペートリューが既に通りを転がるように走って、もうその酒屋を発見して店に入るところだったので、キレットとネルベェーンがまた驚く。
「早いですね、行動が」
「こういうときだけな」
3人も後に続き、やや送れて酒屋に入ると、ペートリューが帝都名物の地酒の各種ワインや蒸留酒のリヤーノを大量に買いこんでいた。箱買いだ。しかも、10箱はある。
「ペ……ペートリューさん、それ、ぜんぶ飲むんですか!?」
「ええッ!?」
キレットが思わず発した言葉に、驚いたのは店の者だ。てっきり、何かの会合にでも使うために買いつけに来た下っ端だと思っていた。魔術師と云えども、大規模な学校ではなく個人的な塾などになると完全に徒弟制度なので、使用人ではなく魔術師自身が買いつけに来ることは、たまにある。
「これ、御ひとりで飲むんですか!?」
店員が、もう一度、キレットと同じことを聞いた。
「え?」
何を聞いているの? という表情でペートリューが店員を見返した。
「あ……御金なら、ありますよ!」
「いや、御金じゃなくて!」
「え?」
じゃあ、なんなの? という表情だ。
たまらずルートヴァンが笑いながら、間に入る。
「買いだめだ。買いだめ。我々が自分で運ぶ。魔法でな。それより、ここいらに短期で借りられる部屋はあるか? 見ての通り、4室だ」
「あ……」
ルートヴァンを見やり、まともな魔術師が現れたことに安堵した店員、
「え、ええ、ありますよ。ひと棟で4室というのは、難しいかもしれませんが……部屋は空いてると思います。ちょうど、この通りの端や、もう1本路地を行った向こう側にも貸し部屋の建物はあります」
「では、行ってみるとするか……部屋が決まったら取りに来るから、預かっておいてくれ。ペーちゃん、それでいいだろ?」
「は、はい、けっこうです」
「では、そういうことで」
ルートヴァンが金を払い、ワインを12箱、リヤーノ酒を8箱も買ったペートリューも、心底安心したという感じとなり、いったん預けて店を出た。
その足で部屋を探し、けっきょく近隣3棟にまたがってそれぞれ部屋を借りた。最も広く高価な部屋をルートヴァンが借り、それ以外の3室に残りの3人が入った。建物としては、キレットとネルベェーンが同じ建物にした。
家具が備えつけの物件が1件(ルートヴァンが使用する)と、完全な空き部屋が3件で、適当に必要最低限の家具や、冬季とはいえチィコーザの厳冬用の毛皮の防寒着ではさすがに暑いと感じていたためこの街で着る綿入れの防寒着、また多少の生活用品などを商店街で買ったついでに、ルートヴァンが魔術で酒箱を全部ペートリューの部屋に運んでしまった。生活魔法ではないが、念力法の一種で、むしろこれまでの冒険で磨いた応用魔術だった。酒屋のひとびとが感心し、
「魔術師協会の御偉いさんとはちがい、さすが冒険者の皆さん方はうまく魔法を使うもんだなあ」
と話し合った。




