第13章「ていと」 3-2 帝都の魔導書肆
「裏通りに行きましょう」
そんな視線には慣れっこのキレットがそう云い、一行を路地裏にいざなう。
都会とは云え、路地裏に入ったとたんに人気が無くなり、空気も変わる。
少し歩くと、協会本部の裏手の、下町のような雰囲気の小さな商店街に出た。
ペートリューがホッと息をついたので、キレット、
「ここで探しましょう」
「そうだな。いいだろう」
チラホラと歩いている者の人相や服装も先ほどとは変わって、少し庶民的な雰囲気だった。4人でそぞろ歩く。
だが、冒険者が帝都に入ってくることが珍しいのは変わらず、人々が、
「おや……?」
という表情でチラチラ見やるのには変わらなかった。が、純粋にそう思っているだけで、表通りの人間のような詮索や厭味が無い。
「あ、殿下、書店がありますよ!」
「本当だ。知らなかった。さすが、帝都だな」
この世界のこの時代、我々の中世~近世初期と同様、書物などは貴族王族の所有物で、庶民が手にするには相当な金額が必要だった。従って、庶民で本を所有するのは金持ちだ。とうぜん、一般的な「本屋」もない。印刷技術が未発達なうえ、魔導書は魔法で製作するので、魔術師にしか製作・販売できないし、所有もしない。
だが、ここは帝国魔術師協会本部のすぐ裏だ。
魔術師相手に、商売が成り立つのだろう。もちろん、おそらく店主は魔術師だ。
「ちょっと、のぞいてみるか……」
ルートヴァンが興味を示し、店に立ち寄った。
チラッと看板を見やったが、
(なんだ……西方文字か……?)
ミミズがのたくったような、字とも紋様とも思えぬものが木の看板に黒字で書かれており、さしものルートヴァンにも読めなかった。
ドアを開けると、狭い店内の壁一面に大小の書物が並んでおり、暗く、雑然とした雰囲気だった。書肆や図書室というより、書庫のようだ。
(ふうん……)
チラチラと眺める。キレットやネルベェーン、ペートリューも物珍しそうにしていた。3人のように在野・現場の冒険者にとって、魔導書というものは実はあまり縁がない。ペートリューにとっては、師匠であったリーストーンの魔術師ランゼがひどく大事にしていて、弟子には決して触らせなかった数冊の魔導書がその全てだった。
それが、山のように並んでいるのが衝撃的だった。
(フ……ペーちゃん、こんな場所で息を飲んでいたら、協会の図書館や地下書庫では、気絶するんじゃないか?)
苦笑しつつ、ルートヴァンがそこらの本を手に取った。
(ガーレル・ガバール著……『ホルストン王国の自然魔術の発生と経緯』……か。御爺様の書斎にあったような……)
ホルストン流魔術は、我々で云う精霊魔法やドルイド魔法に近いもので、独特の法と体系を持っている。その研究書だ。
(しかも、原本じゃない……写しか?)
とたん、並んでいる書物がみすぼらしく見えた。写しでも貴重なのだが、ここは帝都だ。原本くらい、そろえておいてほしかった。
(ま、商店街の書店じゃ、こんなものだろう……協会魔術師が、家で読む写本を手ごろな値段でそろえているといったところか……)
興味をなくし、もう出ようとルートヴァンが云おうとしたとき、
「いらっしゃいませ。冒険者ですか?」
少年の声がし、奥から10歳ほどの黒髪の男子が現れた。
その、変哲のないソバカスだらけの少年を見た途端、4人が息を飲む。
リースヴィル少年と同じく……魔力で作られた分身であったからだ。
しかも、その反応を見て、少年もニヤッと口元を曲げた。
「私のことが御分かりとは……皆様方、ただの冒険者ではありませんね?」
再び好奇心が持ち上がったルートヴァンが杖をついて前に出て、
「フ……そう云うここの店主も、こんなところで埋もれている場合ではあるまい。さては、引退した大魔術師の酔狂か? それとも人目を忍ぶ理由でも?」
「いえいえ、買いかぶりですよ、御主人様は、もうただの酔っ払いです。その意味では、酔狂……に近いのでしょうね」
「酔っ払い」
思わずルートヴァンが笑ってしまった。キレットとネルベェーンもついペートリューを見てしまい、ペートリューが口をとがらせる。
「では、店主はどこぞで飲んだくれていて留守か」
「そうなりますね」
少年が苦笑し、肩をすくめた。




