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第13章「ていと」 2-16 上には上がいる

 とたんに動いたのは、ディヴィシュンヌだ。「リング」でもあるこの場末の辻にも、辻闘フラウトにも慣れている。


 タックルぎみに突っこむや、とっさに繰り出したピオラの左膝を待ってましたと右脇で抱え気味に制して間に入り、低い姿勢を活かして一瞬身を沈めてから猛烈な左のボディブローをピオラの横腹に叩きこんだ。


 が、叩きこんだ瞬間、ディヴィシュンヌは戦慄した。感触が、これまでのどんな敵とも違った。トライレン・トロールの装甲皮膚は絹よりも柔らかくて滑らかな、何とも蠱惑的で官能的な肌触りだが、鋼鉄よりも硬い。その下の腹筋は、ディヴィシュンヌの拳が砕けるほどだ。


 とうぜん、ピオラに何のダメージもなかった。

 (まず……!!)


 離れようとした途端、ディヴィシュンヌの背中にピオラの両手ハンマーパンチが落ちた。


 「……!!」

 苦悶の表情で、ディヴィシュンヌが石畳を舐めた。

 「うぉるぁああ!」


 ピオラが独特の巻き舌の雄たけびを上げ、素足でディヴィシュンヌの腹を蹴りあげる。


 「げぼほぉ…!」


 声とも肺から自然に出た音ともとれぬ音がディヴィシュンヌの喉からし、ディヴィシュンヌが転がった。


 「うおお……!!」


 そんなディヴィシュンヌの姿を初めて見た観客が、歓声というより驚きと恐怖でうめいた。


 「寝るな、立て! 立て!!」


 セコンドに云われるまでもなく、ディヴィシュンヌが素早く立ち上がり、大股で迫ったピオラに低い姿勢から眼にもとまらぬタックルをかました。そのまま膝を抱え、ピオラを後ろに倒そうとしたが、ピオラが自ら後ろに転がり、ディヴィシュンヌを巴投げのような格好で後ろに放り投げる。


 観客の歓声と悲鳴が交錯し、ディヴィシュンヌが背中から石畳に落ちる。並の人間なら、それだけで死ぬ可能性があるほどだ。


 「もう終わりかあ!?」


 ピオラが嬉々として叫んで素早く起き上がり、苦悶に硬直するディヴィシュンヌに覆いかぶさった。マウントだ。


 ディヴィシュンヌがとっさに転がり、それを避ける。そして起き上がるや、なりふり構わずにピオラの長く美しい黒髪に掴みかかった。


 だが、ピオラ、四つん這いに近い姿勢で足を踏んばり、むしろ首の力で自らの髪を引っ張ってディヴィシュンヌを前のめりに引きこんだ。


 思わずつんのめってバランスを崩したディヴィシュンヌの頬に、ピオラの右フックが入った。


 観客の中にまで筋斗もんどりうってぶっ飛んだディヴィシュンヌ、流石に意識が混濁した。


 「つっつ、強ええええ!!!!」

 「なんだ、こいつは!!」

 「ばかばかしい、負けだ、負け!!」

 ディヴィシュンヌに賭けた者たちが興ざめし、その場を離れはじめる。

 「やりすぎだよ、ピオラ!」

 オネランノタルが声を張り上げたが、


 「ピオラの旦那、ぜんぜん本気じゃねえでやんす。それでも、あれだけ御つえええんで。でも、強すぎると興行にならねえって、ギュムンデで勉強いたしやした」


 「ストラ氏じゃあ、勝負以前だろ」

 「へえ……」

 ピオラが鼻息も荒く仁王立ちで腰に両手を当て、

 「おーい、いつまで寝てんだあ? こんなもんじゃねえだろう?」

 「あったりめえだろ!!!!」

 折れた奥歯を吐き出し、観客を押しのけてディヴィシュンヌが辻に戻る。

 怒り心頭で眼が吊り上がっていた。


 ディヴィシュンヌ、年少期の訓練時代を除き、自分より大きな相手と戦ったことがなかったので、勝手がつかめなかっただけだ。


 もう感覚をつかんだ。

 そう、思った。

 (だけど、とにかく寝技に持ちこまなきゃ、勝ち目はないよ!)


 大松明の明かりをその白い肌に写し、オレンジに光るピオラの肢体に、ディヴィシュンヌは素直に美しいと感じたし、そのゲドルもかくやというパワーを秘めた肉体に脅威と感嘆も痛感した。


 だが、勝負は別だ。


 2年前に月に1~3回の辻闘フラウトデビューし、それから22連勝を続けているストリートチャンピオンが、プライドを捨てて遮二無二立ち向かわなくては足元にも及ばない相手が、この世にはいるのだ。それを知っただけでも勉強ではあったが、負けては意味がない。

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