第13章「ていと」 2-15 ディヴィシュンヌ
「ホントだ!! こりゃあ珍しい!! ゲーデル山から来たのか!?」
誰かがそう叫び、ギーロがエッという顔をする。単に、若いギーロがトライレン・トロールもその住処であるゲーデル山も知らなかっただけだ。
(そ、そうか、それでアイツはトロールの仲間なのか!)
ギーロがそう確信したが、
「あたいはダジオンから来たんだあ! ゲーデルに行く途中だよお!」
ピオラが巨大で真っ白な胸を押し上げる様に腕を組んで、そう声を張り上げる。
それを聴いて、ディヴィシュンヌがさらに激昂。
「なん……てめえ! 行きがけの駄賃で帝都に寄って、辻闘で小遣いでも稼ごうってか!? ド素人がふざけんなよ!!」
「なんでもいい! やるのかやらねえのかあ?」
「やるに決まってんだろ!!」
ディヴィシュンヌが挑戦を受け、飛び入り参加の試合が決定した。
休憩を兼ねたインターバル中に、おやじが手早くピオラとプランタンタンにルールを説明する。また、もう1人の主催者側の組織の者が、賭け金を集めた。
ルールは簡単で、武器は禁止、眼への攻撃は禁止、嚙みつきは禁止、相手を殺さない、だ。
もちろん、魔法も禁止である。
あと、レフリーでもある主催のおやじの指示・命令には絶対に従うこと。
「そんな……あんた、こちらの帝都のエルフさんの所属する組織のもんなんでやんしょ? それが審判なんでやんすか? 大丈夫なんで?」
プランタンタンが、そう苦情を入れる。あたりまえの苦情だった。ディヴィシュンヌに有利な判定や試合運びをされてはかなわない。
「心配はもっともだ」
おやじが、あっさりと認める。
「でも、賭け金が動いてるし、そんなことしてたら賭けにならないだろ。おれは、完全に中立だよ」
「それもそうでやんす」
「強いやつが勝つ。それだけだ」
「そおだあ!」
ピオラが鼻息も荒く、飲み物を補給し丸椅子に座ってマッサージを受けながら汗を拭くディヴィシュンヌをにらみつける。
そんな視線を睨み返し、ディヴィシュンヌ、
「クッソ……なんだ、あいつ……生意気な……トライレン・トロールだなんて……!」
「油断するな、バケモノだぞ。力じゃかなわねえ。技を使え。関節だ。転がして締め落とせ」
ディヴィシュンヌのセコンドを務める「長い扉」のベテランが、椅子に座るディヴィシュンヌの肩を揉みながら耳打ちする。
「お前は2戦目なんだからな。痛めたところは無いな?」
「ああ。幸いなことに、1戦目は雑魚だった」
「そうか」
そこで、砂時計を見ていた若い時計係が、
「時間です!」
そう叫んで手を上げる。
「よし、行け!」
背中を叩かれ、ディヴィシュンヌが立ち上がる。ピオラも、前に出た。とうぜん、街中なので魔法の大多刃戦斧は倉庫に置いてきてある。素手だ。しかも、魔力マントも消してしまっている。ピオラの意思で、黒いチョーカーのように首に巻いていた。
2人が凍てつく空気に白い息を吐きながらにらみ合い、地鳴りめいて響動きが起きる。
並びあうと、やはり首1つ以上ピオラが大きい。ディヴィシュンヌは、初めて敵を見上げた。深い瑠璃色の目と、刈り上げた濃藍色のクセ毛の髪、薄褐色の肌が煌々と辻に掲げられる大松明に映える。いっぽう、乳白色で漆喰色の異様な白肌に泉色の目、漆黒のストレートな長髪のピオラも、なんとも妖艶にして炎の揺れによりオレンジが蠢く不気味な色あいを松明の明かりに醸し出していた。
「吞まれるな! お前は、女皇帝エルフ最強だぞ! 勝ち続けりゃあ、皇帝騎士にも勧誘されるぜ!」
「ああ、ぶちのめしてやるよ!!」
ピオラが、不敵な笑みでそんないきり立つディヴィシュンヌを見下ろし、
「まあ、気負うんじゃねえよお。力だめしだろお? 祭りみてえなもんだあ」
「ぬかせ、ど辺境の野蛮人が!!」
そこで、審判のおやじが間に入った。
「いったん離れて! 離れて!」
そういうおやじもまずまず大柄だったが、2人に挟まれるとまるで子供だった。
3メートルほど離れ、再び向かいあう。観客が、一気に静まった。
「開始!!」
時計係の若いのが鐘を打ち、叫んだ。




