第13章「ていと」 2-14 リューズィリィ皇帝エルフ
(なんだ……よく見りゃあ、ピオラの旦那よりひとまわり小せえ気が……なにより服を着ているでやんすし、眼や肌や髪の色も、まったくもって違うでやんす)
これが昼間だったら色合いもすぐに分かったであろうが、夜だったので幻惑された。
(それに、髪型がぜんぜんちがうし、なによりつのがねえ……)
しかし、人間ではないのは明白だった。顔立ちがどこか獣っぽいし、なにより耳が長い。
「え……あの勝った御仁は、もしかしてエルフなんでやんすか?」
「そうだよ」
あっさりと、ギーロが答えた。
「見たことねえエルフでやんす」
ギーロが失笑。
「だから、あんたのほうが見たことないって! あれは、リューズィリィ皇帝エルフのディヴィシュンヌさ! これで、20連勝以上じゃないか?」
「へえ……ここいらのエルフは、あんなにでけえんで」
「そうだね……あれは特に大きいけど、だいたい、みんないい身体をしているな。冒険者としても優秀だし、農夫や狩人としても、人間の何倍も働く。なにより、代々皇帝騎士を仰せつかってるんだ。独特の体術を使って、すげえ強いよ」
「こうてい騎士……?」
「皇帝と宮城警護の騎士は、帝国でもリューズィリィエルフだけの特権だよ」
だから、皇帝エルフというのだろうか。
(あとでルーテルの旦那に聴いてみるでやんす)
そこで、今夜の辻試合の主催者の男が、
「さあ、これでディヴィシュンヌは22連勝! 今日は飛び入りはいるか!? 我ら『長い扉』主催の辻闘は、飛び入り参加自由だぜ! 飛び入りは、勝てば特別手当として賭け金の半分がフラウト料としてもらえるぞ!」
「マジでやんすか?」
プランタンタンの、目の色が変わる。
フラウト料というのは、ファイトマネーのことだろう。
「さあ、いないか? いないか?」
(……カアー! ストラの旦那なら指1本で勝てるでやんしょうが……いまは調子がわりいでやんす)
と、プランタンがそう思って顔をしかめたときだ。
「おおい、あたしが参加するよお!」
聴き覚えのある声が響き、人々のどよめきが辻に轟いた。
「あっ! ピオラの旦那! 何を勝手に!」
プランタンが素早く人込みをかき分け、まだ闇に溶ける漆黒のフード付きローブ姿のピオラに近づいた。
「ピオラの旦那! 勝手にやべえでやんすよ!」
「いいんだよ、暇つぶしさ!」
同じく小さな黒フード付きローブのゴースト姿で、オネランノタルが云う。
「オネランの旦那の仕業でやんすか……面倒になっても、知りやあせんよ!」
「そんなことより、ホラ! 仕切りなよ!」
オネランノタルに押され、前に出たプランタンタン、仕方もねえ、と得意の超絶高速揉み手を繰り出し、ピオラの足元に躍り出る。
「へえッ! こちらの、あっしの仲間のピオラの旦那が、この辻試合に飛び入り参加するでやんす!」
珍しい姿のエルフの登場に、ザンダルの人たちを含む主催のおやじ、それにリューズィリィ皇帝エルフの女格闘家・ディヴィシュンヌも深い瑠璃色の目を丸くした。
「あ……あんたの仲間だって? おい、どこのどいつだ、フードを取りな!」
ディヴィシュンヌが太いアルトの帝都語でそう叫び、手で払うような仕草をしたのでピオラ、
「応よおお!!」
漆黒の魔力のローブを内側よりはためかせてケープマントに展開する。現れた素顔と半裸の姿やその様相に、一同のどよめきがさらに膨れ上がった。
「エッ、エルフじゃねえぞ!」
「エルフにしちゃでけえと思ったんだ!」
「でも、なんだよ、あいつはよ!?」
そこで、誰かが常識はずれのピオラの格好に今更ながら気づき、
「寒くねえの!?」
目を丸くする。
ディヴィシュンヌも冬の割には薄着だが、これは格闘をするためだ。いっぽう、ピオラは御存知の通り薄着を通り越して豊満かつ鋼鉄めいた筋肉質な肉体を、小さなビキニ状の衣服とも云えぬ衣服に無理やり押しこめているだけなのである。
「辻闘をなめてんのか、こいつ!」
ディヴィシュンヌが歯ぎしりし、自分より頭ひとつ大きいピオラを凝視した。ピオラが2メートル半ほどなので、ディヴィシュンヌも2メートル以上はある。
「おい……ありゃ、トライレン・トロールだ!」
そこで、そう誰かが叫んだ。




