第13章「ていと」 2-10 竜の目
ホーランコルが、何か得体のしれぬ物体を漬けていないと出ない色合いと臭いだと看破する。
フューヴァも薄ら笑いで、
「大丈夫かよ、ヨソ者が飲めんのか?」
「いやなら飲まなくていい」
「そうさせてもらうぜ」
懸命だ。意地を張ったり、格好をつけたりして飲むやつは早死にする。
「いくらだよ?」
「いっぱい、300トンプだ」
鉄扉面だったマスターが揶揄するようにおもいきり眉をひそめ、死にかけの敵を見下すような顔で口をとがらせ、フューヴァを見下ろしながら、ねっとりとそう云った。
今度は、あからさまに何人かの客が吹き出して笑う。100倍以上の値段だ。ふっかけるというレベルではない。試しているのだ。
「あいさつ料と、なんかあったときのめいわく料も払うぜ。みんなにも、一杯ずつおごりだ」
「な……なんだと!?」
客の1人が、思わず立ち上がった。
「遠慮しねえで、飲みなよ」
ふり返り、マスターに負けないほど眉をひそめたフューヴァが、うすら笑いで答えた。
「てめ……」
前に出かかった客を、マスターが手で止めた。顔が、殺人者のそれに戻っている。
フューヴァはマスターに向き直り、そんな視線を真正面から受け止めて、
「あんたにもおごってやるぜ、しっかり飲み干せよ。残すんじゃねえぞ」
「偉そうなこと云う前に、金出しな」
「ホラよ」
フューヴァが、頑丈な小袋を肩下げカバンから出し、カウンターの上に放り投げた。ドシャリ、と重たい貨幣の音が狭い店内に響いた。
「おごりは何人だ? あんたも入れて、8人か? じゃ、合わせて3000トンプとりな。ただし、ノロマンドル金貨だ。相場のこまけえのは、勘弁しろや」
薄ら笑いで、フューヴァがオネランノタルと同じセリフをはいた。
「ぬかすじゃねえか……」
ニヤッと笑い、マスターが袋を開けて中を確認する。そして目を丸くし、そのまま1枚ずつ分厚い金貨をとりだして、きっかり5枚、カウンターの上に積み上げた。
「うぉ……」
客どもも、身を乗り出して眼の色を変える。こんな店で見る色の金ではない。金貨など、滅多に見ることもない連中だ。
苦笑したマスターが小さく息を吸い、
「御見それいたしやした、姐さん」
そうガラリと変わって落ち着いた笑顔を見せ、スッと無駄のない見事な動きで袋を返してきたので、ホーランコルが内心息をついた。
「あっしは、ここいらを縄張りとする『竜の目』っつう小せえ組のスタールってもんで。以後、御見知りおきを」
「アタシは、フランベルツ、ギュムンデのフューヴァ、こっちの兄さんはウルゲリアのノラールセンテってところの戦士ホーランコルだ。アタシらの部隊長さんだ」
「御初にお目にかかりやす」
「ああ」
ホーランコルも、余裕の表情でうなずいて見せた。
「こいつは、まともなのです。どうぞ飲んでください」
そう云って、黄色く濁った酒をそこらに捨て、清潔な布で拭いてから、良い香りできれいな透明のリヤーノを注いだ。
「ありがとよ」
「てめえら、フューヴァの姐さんのおごりだ! 礼を云いやがれ!」
そう云ってスタールが今注いだ瓶を客どもに投げ、客の1人がそれを受け取った。
「ごっそさんです、姐さん!」
「あいよ」
フューヴァが、いま注がれたばかりのリヤーノを傾ける。うまい。ホーランコルも一気に傾け、うなずいた。ガフ=シュ=インの毛長牛の乳酒とは、雲泥の差に思えた。
「これは、あっしのおごりです。どうぞ」
スタールが新しい瓶を開け、フューヴァに注いだ。
「ありがとよ」
「隊長さんにも」
「ああ」
「そ、そんなことより姐さん、あんた、ギュムンデから来たのか!?」
むさくるしいヒゲ面の客の1人が、そう声を上げる。
「跡形も無くなったっていうウワサだ!」
「そうだぜ、無くなった。街を飲みこむほどの大穴が空いてな。アタシはそれを見たんだ。ギリギリ、逃げだせた」




