第13章「ていと」 2-9 いい雰囲気の店
肩を揺らして悪い笑みを浮かべるプランタンタンに、
「あんまり、調子に乗るんじゃねえぞ?」
苦笑しながらそう言ってフューヴァ、
「じゃ、暖炉に火を入れてから、アタシは少し横になるぜ。ホーランコルも、休んでおけよな」
「分かりました。みなさん、部屋は、適当に」
「まかせるぜ」
夜となった。
一休みしたフューヴァは、さっそく近隣の店で当面の生活用具や食糧、薪や木炭、石炭などの燃料を買い、また水も買って大樽で運ばせた。加えて、チィコーザで仕立ててもらった豪華で分厚い毛皮のコートではもう暑かったので、綿(の、ような植物)の入った防寒着を4人分、仕入れてきた。もちろん、ピオラとオネランノタルは必要ない。ストラも必要ないのだろうが、偽装として着るだろう。帝都では珍しいジーグル鼠の毛皮のコートは売らずに、とっておいた。また、いつ着ることになるかもわからない。が、帝都を出るころには春も近づいているだろうから、必要とあれば、高値で売れるだろう。
表通りに出るや、真冬だというのに通りは人でごった返していたので、ホーランコルはド肝を抜かれた。しかも、昼間はどこに潜んでいたのか……というほど、人がいた。着こんだ人々が通りを埋めつくし、酒場や社交場、遊興場、果ては売春宿に消えては出てくる。
フューヴァはストラに留守番を頼もうとした……が、既にどこにもいなかったので、勝手に出てきた。
借りた家はザンダルでも郊外で、ほとんど窓から見える景色は荒野と遠くのノーイマルやスメトチャークの街並みだった。この時間帯は、真っ暗闇の中に街の明かりが光っている。
そこから裏通りを少し歩いただけでも、街で働く人間のほか、明らかに人間じゃない大きさの人物も歩いているのが分かった。ピオラほどではないが、人間の背丈や体格ではなかった。ではなんなのかというと、フューヴァはおろかホーランコルも知らない亜人種としか云いようがなかった。
「エルフの一種なのかもしれませんね」
「あんな、でけえエルフがいるってのかよ!?」
「知りませんけど……」
「おっと、ここなんか、いい雰囲気だぜ」
ギュムンデで鍛えた嗅覚が、場末の飲み屋を探し出す。
ただの飲み屋ではない。
高確率で「組織の直営店」だ。
「入るぜ」
フューヴァが手慣れた感じで古いドアを開け、酒と脂灼けした男の体臭と不思議な香りの煙に充満した薄暗い店に入った。ホーランコルも続いたが、これまで入ったどの酒場とも雰囲気が違い、面食らった。もちろん、顔にはおくびにもださぬ。
なお、この世界に我々の世界の「煙草」は植物としてのタバコが無いので存在しないが、魔薬の一種、あるいは麻薬めいた陶酔感を有し、常習性のある吸引香の一種で煙を吸う文化は存在する。それらの各人の吸っている吸引機やパイプ状のものから、蒸気機関の煙突めいて濛々と煙が噴き出されているのだ。
(目に染みるな……)
ホーランコルが目を細めた。
カウンターと、狭い卓にそれぞれ7人ほど客がいた。マスターとおぼしき、完全に殺人者の目をし、年齢不詳の痩せた男が、2人をナイフめいた視線で刺した。
「店を、まちがってるぜ」
と、マスターが云おうとした矢先、
「旅のもんだ。一見でもいいかい?」
客どもも、目線だけで一斉にフューヴァを見た。わざわざこんな場所に一見と断って入って来るのは、筋を通しに来た関係者だ。
が、旅というからには、他の組織の者ではない。
「冒険者か?」
「ちょっと、表の街に滞在できない類のね。あいさつに来ただけだよ。この近くに、空き家を借りたんだ。長居はしねえ。顔見世だ」
「座んな」
マスターの正面の席に、2人が並んで座る。ホーランコルは帯剣していないが、雑用短剣を腰の後ろにまわしている。フューヴァとて、ギュムンデ時代から護身用の大型ナイフは必需品だ。もっとも、冒険に出てからはすっかりサバイバルナイフと化しているが。
「ここじゃ、みんな何を飲むんだ?」
「帝都名物の『リヤーノ』だ」
客の誰かが応えた。帝都近郊で作られている蒸留酒の総称だった。帝都近郊は農村地区でワイン、ビール類、各種の蒸留酒が作られているが、チィコーザのレベヂに匹敵するのが大麦のような穀物や雑穀から作られるリヤーノだった。
「じゃ、それ、2つ」
「はいよ」
マスターが濃い黄色に光る強烈な臭いの液体を歪んだ金属の小さなカップに入れて出してきた。客の何人かが、苦笑するのが聞こえた。




