第13章「ていと」 2-8 夜の街へ
「それより、フューヴァ、気づいたかい?」
そう云って、オネランノタルが魔力ローブをケープマントのように展開する。6歳児めいた姿のオネランオタルが現れ、その黒と翠の4つ目をそれぞれフューヴァ、プランタンタン、ホーランコル、それにストラへ向けた。
「ああ」
フューヴァが、ニヤリと笑う。
「何の話でやんす?」
プランタンタンが、前歯を見せながら尋ねた。
「ホーランコルはどうだい?」
「も……申し訳ありません。私も、分かりません」
「フューヴァ、説明してあげなよ」
どぎつい黄色の地肌に黒い縦線の模様のある顔で、テーブルの上に胡坐で座りこんでいるオネランノタルが笑みを浮かべる。
「あいつ、ピオラのことを、どっか組織にでも売るつもりだぜ」
「えッ!?」
ホーランコルが息を飲んだ。
「どういう意味でやんす? ピオラの旦那を、どうやって売るんで?」
「正確には、ネタを、さ。他所もんのアタシらは、ちょうどいいカモってことさ。トライレン・トロールのことを、あんな貸し部屋屋のおやじですら知ってるんだ。ここにゃ、これまでにもいたことがあるんだろう。ギュムンデの、闘技場みてえなところによ」
「なるほどでやんす」
「滅多にいねえトライレン・トロールが、自分の貸し家に来たんだ。そりゃあ、少しでもカネにするだろうさ」
「間違いねえでやんす! あっしでも、そうするでやんす!」
「するのかい!」
オネランノタルが、楽しそうに虫めいた笑い声を発した。
「どうせ、賭け試合をやってるんだろ、こんな街なんだから。誘拐に来るか、勧誘に来るか……」
「ピオラ殿を誘拐!?」
ホーランコルが、思わずひきつった笑みを浮かべた。自殺行為だ。
「わかんないよ、強力な催眠魔法を使われるかもね……」
オネランノタルのその言葉に、ホーランコルが急に真面目な顔に戻った。
「な……なるほど!」
「ま、そのための私なんだけど! アヒャイヒーッヒヒヒヒヒヒ!!」
確かに、おそらくこの街の魔術師で、オネランノタルにかなうものはいないだろう。帝都の魔術師協会であれば、ルートヴァンに匹敵する魔術師もいるのかもしれないが……幸か不幸か、魔術師協会は、ルートヴァンもあきれ果てるほどの象牙の塔で、世俗的な利益の一切に興味がない。こんな街と、1ミリもかかわりを持っていないのだ。たとえ持っている者がいたとしても、薄給で上級魔術師にコキ使われる相当な下っ端か、アウトローか、相当な訳アリと思われる。
「じゃ、貸し家のおやじはほっといてよお、しばらく滞在するんだから買い物して、周囲の飯屋や飲み屋でも探索しようぜ」
「ペートリューさんみてえなことを云いやあすね!」
フューヴァは飲めるが、別に酒好きというわけではないのを知っているので、プランタンタンが驚いた。
「なに、どうせこんな街だ、裏組織がいくつもあって地域を牛耳ってるだろうさ。ここいらをなわばりにしてるところに、挨拶と付け届けくらいしておかないとな……雑魚が寄って来ても、面倒だろ? いちいちホーランコルやオネランノタルが出張っても、よけい面倒だし……」
まして、ピオラやストラでは、さらに余計なトラブルになるだろう。目立ちすぎて。
「へえ……」
人間の世界の街の取り決めは理解できんという表情で、プランタンタンはフューヴァを見つめた。
「じゃ、それはフューヴァさんにまかせるでやんす」
「アタシと、ホーランコルで行ってみようぜ」
「分かりました」
ホーランコルがうなずいたとたん、
「じゃあ、私とプランタンタンで、街を見回ろうよ! 夜のほうが面白んだろ?」
オネランノタルが、急にそう云いだしたのでプランタンタンがまた驚いた。
「へえ! オネランの旦那は、魔族なのにこんな人間の街の夜の様子に興味があるんで!」
「まあね」
まったくもって変わった御仁でやんす……という眼でオネランノタルを見つつ、
「ま、確かになんか御金様儲けのネタがあるのなら、夜でやんしょうね。ストラの旦那はまだしばらくあんな感じでやんしょうし……ゲヒッシッシシッシ……ついでに、ピオラの旦那も連れていきやしょう。御金様のほうから、寄ってくる気がするでやんす……ィシッシシシ……」




