第13章「ていと」 2-7 6000トンプ
「だめだよ! いやなら他に行ってくれ」
「じゃあ、そうするぜ」
すかさずフューヴァがそう云い、また針のような鈍く光る目をおやじに向けた。
「……」
おやじが一瞬、無言となり、
「わかったよ、2800」
「1800で!」
「……2500だ」
「1850!」
「細かいな! けちけちしないでくれよ! 2400!」
「2000!! 2000以上は、払いたくても払えねえでやんす!! ほんとでやんす!! でなきゃ、この街に流れてこねえでやんす!」
「……」
おやじが、初めてプランタンタンの交渉術を目の当たりにして目を丸くするホーランコルや、我関せずで腕を組み、明後日のほうをむいているストラ、同じく腕を組んでおやじを凝視するフューヴァを見やった。
「……2000なら、遅れず確実に払えるのか? 今月分も日割りなしで、前家賃だぞ?」
「もちろんでやんす!」
「わかった。2000でいいよ」
「おありがとうごぜえやす~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
プランタンタンが高速もみ手でそう云い、ペコペコと頭を下げる。
「じゃあ、契約書に署名を。あんたがするのか?」
おやじが、フューヴァにそう云った。
「あたしは、帝都語は話せるけど読み書きはできねえんだ。できる仲間が……おい、オネランノタルはどうした?」
そこで初めて、みなオネランオタルがいないことに気づく。
「きっと、ピオラの旦那のところでやんす。呼んできやす」
プランタンタンが小走りに、家の裏手の倉庫に通じる勝手口に向かう。そしてすぐに、真っ黒いフード付ローブ姿のオネランノタルを連れて戻ってきた。
「……まさか、この方も、人間では……?」
改まって、おやじが片方の眉を上げた。
「エルフでもねえでやんす」
プランタンがそう云ったが、オネランノタルはフードを外さなかった。
「契約書を見せなよ」
合成音の声がし、オネランノタルの子供めいた細い手が伸びたが、薄いカーテンごしのように、その不気味な肌は見えなかった。
「あ、ああ……」
おやじが高価な竜革の肩さげカバンより出したフルトス紙の書類を受け取るや、ザッと目を通し、
「……まあ、いいだろ」
そう云ってペンとインクも受け取り、埃の積もっている空き家に備えつけだったテーブルにヒョイと飛び乗って、かがみこむようにしてオネランノタルがサインをした。
「オ、ン……?」
それを受け取っておやじ、目を細める。帝都語が書けるといっても、かなり独特の字だった。
「オネランノタルだよ」
「貴方様の御名前で?」
「そうだよ。だめなのか?」
「いいえ! 御金さえ頂ければ……」
「ホラ、金だよ」
云うが、どこからともなくオネランノタルが麻に似た植物の繊維で作った小さな袋をさし出した。その重さと袋の上からでもわかる手触りに、1枚が500~600トンプにもなる金貨と察したおやじが、まさかという表情でオネランノタルを凝視した。
「ノロマンドル金貨で、3か月分、6000入ってる。金相場の差は、適当にやってよ」
「3か月分も!」
さっそく袋の口を開けて中を確認したおやじ、
「これはこれは……ありがとうございます! それでは……」
破顔して、さっさと店に戻った。
「オネランの旦那、ずいぶんと気前がいいでやんすねえ」
プランタンがそう云い、フューヴァも、
「そうだぜ。それに、3か月もいるつもりなのか?」
「わかんないよ、大公次第だろ。地下書庫で何らかの成果を出そうと思ったら、それくらいはかかると思うよ」
「春になっちまうだろ! ピオラはどうするんだ!?」
「だから、私が転送で連れてくよ!」
「それならいいけどよ……」
フューヴァが、唇を尖らせる。




