第13章「ていと」 2-5 裏通り
帝都語の看板も無数に出ているし、なにより、人々の念のようなものを魔力で探ることができる。魔法の術式は文字通り「術」の「式」なので、公式のようなものだ。あらかじめ組まれている結果しか出てこない。その代わり、使用する魔力量にもよるが、正しく使えばだれでも同じ結果となる。
魔力を直接行使するオネランノタルは、魔力そのものを道具とする。自在に使える。オリジナル魔術を、即興で生み出すといってもよい。いま、オネランノタルはこの街に住む人々の家を探す、部屋に住む、あるいは引っ越す等の思念の痕跡を探り、目的地を発見した。
「近くに、あるみたいだよ」
「行ってみようぜ」
「案内するよ」
オネランノタルに続いて、ホーランコル、フューヴァ、プランタンタンとストラ、最後にピオラが歩いた。
裏通りでは、犬や猫(の、ような)動物がウロウロし、オネランノタルを視た瞬間に怯えて転がるように逃げるか、威嚇して吠えたてた。が、オネランオタルがチラッと向いて真っ黒い視線を向けただけで、バタバタと気絶し、あるいは死んだ。
また真冬なので浮浪者は少なかったが、いないわけではない。まるで襤褸や塵の塊の中に、繭の中の虫めいて人がいる。その繭の中から、不思議そうにオネランノタルとピオラを見やる気配がした。
が、やはり、オネランノタルがもはや瘴気ともいえる高濃度魔力を向けると、みな気絶するか弱っているものは死んだ。ホーランコルやフューヴァ、プランタンタンがこの魔力とずっと共にいて影響がないのは、オネランノタルがそのように調整しているのと、ルートヴァンが防御術をかけているからに他ならない。また、体力と気力に満ちているものは、オネランノタルが特に意識しなければ、多少の接触であればたいした影響はなかった。
一行で、物珍しそうに周囲を横目で見渡しているのは、ホーランコルだけだった。ウルゲリアの下町やスラム街も知ってはいたが、あまり深入りはしなかった。神殿を抜けて冒険者になってからは、あえて近づかなかったのでなおさらだ。珍しいのもあったが、独特の街の雰囲気に圧倒された。
(自らここに来たいと殿下に進言しておいて……おれが、いちばん動揺しているな)
苦笑も出なかった。
しかし、同時に胸が躍りだすのも感じた。
(フフ……殿下には悪いが、殿下がたを待つあいだ、ひと騒動もふた騒動もありそうな……)
実際は、騒動どころの話ではなくなるのだが……いまはまだ、分からない。
「ここだ!」
裏通りをややしばらく歩いたところに、その店は唐突に現れた。高い5階建ての石造りの建物(我々の概念では、もう田舎のビルに近い)の1階にあり、大きな看板が掲げられている。帝都語なので、オネランノタル以外は読めない。が、ホーランコルは神官戦士の養成所の一般教養で習ったのを思い出し、なんとか読んだ。
「部屋・家貸します……か」
「読めるのかよ、ホーランコル」
フューヴァに云われ、
「少しだけ。むかし習ったのを、思い出しました」
「じゃ、あたしとオネランノタルとホーランコルで入ろうぜ。プランタンタン、ストラさんとピオラと、待っててくれ」
「ほい来たでやんす。なるべく安く借りるんでやんすよ?」
「分かってるよ」
フューヴァがニヤッと笑い、重い扉を開けた。
「ごめんよ、家を借りたいんだ」
ホーランコルとオネランノタルを連れて入ったが、中は暗く、オネランオタルが全く見えなくなった。
「おい、誰かいねえのかよ! とっとと出てこいや! 客だぜ!」
毛皮のフードを外したフューヴァがそう云い、カウンターで備え付けのベルを鳴らしまくった。
「ハイハイハイ! いま行くよ!」
男の声がし、50がらみの、この世界では初老のおやじが出てきた。髪が真っ白で、顔も苦節の皺にまみれている。我々でいう、70代にも見える。
だが、眼だけは猛禽のように鋭かった。
そんなおやじ、フューヴァを見やるや、旅人姿のよそ者ながら「同類」と看破。ここで「ごめんください」などと云って遠慮がちにベルを鳴らそうものなら、カモをぼったくるモードに入る。
そして、ホーランコルも確認する。ホーランコルは、同類ではない。表の世界の冒険者だ。
そんな男女が連れ立ってザンダルで部屋を借りたいというのだから、「わけあり」以外の何でもないのだ。
「北から来たのか?」
「ああ、ノロマンドルからな」
「ノロマンドル人じゃないみたいだが……」
「冒険者だぜ」
「ふだんは、ノーイマルに?」
「ちがうぜ」
「そうなのか?」
「なんで、そんなことを聴くんだよ」




