第13章「ていと」 2-3 魔王の手下の初心者
「さっそく、つまずいたでやんす」
ヒョコヒョコと歩きながらぼそりと云い放った何気ないプランタンタンの一言に、ホーランコルがさっそく滝汗を流し始めた。
いつもであれば、この段で既に帝都語を解する者の脳内探査を終えたストラがなんとかするのだが、いまストラは歩きながら珍しく小声で、
「フフーン、フーン、フフフフー~ン……」
と、どこか不思議な印象を与える鼻歌を歌っていた。
フューヴァとプランタンタンが、ピオラと共に後ろを歩くオネランノタルを見やった。
「私が、人間の文字なんか知ってるわけないだろ!?」
小さな漆黒のカーテンゴーストの姿のオネランノタルが、両手を上げながら甲高い合成音でそう答える。
「だよな」
「で、やんす」
2人が無表情で前に向き直った。が、
「と、思うでしょお!? たまたま、むかし帝都の言葉が必要なことがあって、習得済みなんだよ!」
その言葉を聞いた瞬間、安堵のあまりホーランコルが大きく息をついた。
「マジかよ、やるじゃねえか!」
「さすが、オネランの旦那でやんす!」
プランタンタンとフューヴァも、にわかにはしゃぎだす。
「でも、ホントにかなり前だから、少し変わってるかも!」
「字なんか、そうそう変わらねえだろ!」
「でも、200年前だよ?」
「200年!?」
フューヴァが、びっくりして息を飲んだ。
「あっしですら、生まれる前でやんす」
プランタンタンも、そう云って鼻をピスピスと鳴らす。200年は、文字や言語が変化するのに充分な時間といえた。
そのまま、みな黙ってしまったので、重苦しい空気となった。
「ま……まあまあ、まあ! 大丈夫ですよ、何とかなりますよ! 何とか……」
ホーランコルがそう取り繕ったが、言葉の最後は小さくなった。
「そうだよな、これまでだって何とかなってきたし……ガフ=シュ=インやゲベロ島の冒険に比べりゃ、帝都語がわかんねえくらい、へでもねえぜ」
フューヴァが、そう息巻いた。
「ルーテルさんの魔法で、しゃべりは分かりやすからねえ」
「そうそう、話せりゃあ、どうとでもなるってもんだぜ」
「そうですよね! そうだ、そうに決まっている……」
ホーランコルの声が、また小さくなる。パーティの責任者になるのは久しぶりだったが、どうもウルゲリアの冒険者時代とは勝手が違った。
もっとも、今のメンバーは魔王に魔王の手下の魔族とトロールに、冒険の最初から魔王に着き従って数々の苦難を生き残っている冒険者でも何でもない無敵の一般人と、勝手が違うのは当たり前なのだが。
(むしろ、俺が魔王の手下の初心者だ……!)
この真冬に、変な汗が止まらなかった。あわてて額や頬を拳でぬぐう。
それを見てフューヴァ、ホーランコルが暑がっていると思い、
「そういや、メンゲラルクを抜けてから、急にあったけえよな。さすがに、ノロマンドルよりは南なんだろうけどよ」
厳寒装備の毛皮のままなので、確かに歩いていると既に汗ばむ。
「南風が暖かいんだよ。メンゲラルクは山地だし、坂を下りるごとに、気温が上がってるんだ」
オネランオタルがそう云って、チラリとピオラを見やった。
「大丈夫かい? もっと温度を下げてやろうか?」
ピオラの魔力のローブの内側を、オネランノタルが魔力効果で冷やしているのだ。
「まだだいじょおぶだあ、ダジオンの夏ちょっと前くれえだあ」
それには、ダジオン山脈でトライレン・トロールの村に行ったプランタンタンが驚愕。
「へえ! 確かにピオラの旦那の村は寒かったでやんすが、これっくれえで、夏くれえなんでやんすか!」
北方の山脈の上なのだから、気候的には北極圏なのである。
「でもピオラ、ホントに夏になったら、どうするんだよ?」
フューヴァが、何気なくそう尋ねた。
「その前にゲーデルに行かねえと、暑くて死んじまうよお!」
「そんなにかよ」
比喩やふざけて云っているのではなく、ピオラが真剣にそう云ったので、フューヴァも驚いた。初夏までにゲーデルに到着し、本当に別れないと、命にかかわるのだ。




