第13章「ていと」 1-18 運が無い連中
魔物に続いて一行を襲おうと斜面を駆け下りていた30人ほどの一団、その魔物の群れが踵を返して自分たちに向かってきたので、悲鳴をあげて退散する。
「な、なんなんだよ、あいつら……」
あまりの変わり身に、フューヴァがあきれた。
「あの狼竜を使って他の竜を狩れば、私らを襲うよりもっと食べることができるんじゃないの?」
さも、人間は理解不能だと云わんばかりに、オネランノタルが甲高い声を発した。
「フ……こんな状況でも、金目のものが欲しいのだろうさ。先を急ごう。こんな場所は、とっとと抜けるに限る」
ルートヴァンがせかせかしながら、一行を先導する。
「……殿下、お待ちください……私が、先を行きますので……!」
ホーランコルがあわてて駆け寄り、ルートヴァンに追いついた。
「殿下は、どうぞ後ろに。魔王様の御傍にいてください。先導などは、私めが……」
「何を云うか、ホーランコル。モタモタしていたら、いまのような虫けらが寄ってくるだけだぞ!」
「しかし……」
「行くぞ、ほら……」
「殿下……御待ちを……殿下……!」
2人が云ってしまい、後ろの一行も仕方なく死体を避け避け、続いた。
「チェッ、何を焦ってるんだ、ルーテルさんはよ」
フューヴァがそう云って舌を打った。
「ウルゲリア滅亡の余波による惨状の現実を、観たくないんじゃない?」
オネランノタルがサラリと云ってのけたが、意味の分かるものは誰もいなかった。
じっさい、帝都に近づくにつれ、街道に横たわる遺体の数は増えた。また、中にはまだ生きているものもいて、当然のように一向に救いを求めてきたが、やはりどうすることもできない。雪と氷と寒さの中に見捨てて、先に行くしかないのだ。
中には、凍りついているのをよいことに、遺体の肉を食らっていると思われる一団までいた。
「この時期にこんな状態じゃあ、春になったら、メンゲラルクはどうなるんでしょう」
そう云って、ペートリューがキョドりながら水筒を傾ける。既にチィコーザで買いつけたレベヂ酒は底をつき、オネランノタルの次元倉庫からノロマンドルのワインを出していた。
「しょせん、弱小領主の寄せ集まりだからね……ここは。春になったところで、耕作ができる状況だとは思えない。場合によっては、領主家もろとも滅亡だろう。生き残った人々は、なんとか結集して、最初からやり直すほかはないだろうさ。食いぶちが減ったら、その分、食べ物も少なくて済む」
「土地が死んでいるわけではないので、やろうと思えば、やれるでしょうね」
ホーランコルの言葉に、ルートヴァン、
「それを指導できる領主がいることを、祈るしかないな」
苦笑とも皮肉ともとれる笑みを浮かべて、そう答えた。
(ヴィヒヴァルンの近隣であれば、どうとでもしてやれるのだがな……運が無い連中だ)
そして、5日ほどでメンゲラルクを抜け、丘陵地帯からゆるやかな坂を下りて大きな扇状地に入った。
もう、そこは帝都圏だ。
晴れた日には、遠くに帝都の街並みも見えるが、その日は厚い雲が低く垂れこんでいた。
「おっと……番人の御出ましだよ、大公」
真っ先に気づいたのは、オネランノタルだった。
「なんだあ?」
ピオラが、ゴーストめいた姿のまま、額に手を当てた。
魔術師陣がそれらに続いて、魔力の動きとその姿を確認する。
「急ごしらえにしちゃあ、流石の出来じゃあないか。なあ、キレット」
「いえ……私どもにしてみれば、あのような魔像を作るなどと……とうてい不可能なこと。急増であれとは、さすがに帝都と感服しております」
「フ……相変わらず、謙遜がうまいな」
「殿下……謙遜などでは御座りませぬ」
魔像とは、いわゆるゴーレム類のことだ。魔力で動く、非生命体である。
街道のど真ん中に陣取っていたのは、大小さまざまな金属のガラクタを寄せ集めたような外観の、大きな竜であった。まさに、メカゲドルだ。
「でっけえな、おい」
フューヴァも驚いた。通常の火竜の倍はある。
「あんなとこで、なにをやってるんでやんす?」
プランタンタンがルートヴァンに尋ね、
「流民を食い止めているのさ。あの威容だけでも、怖気づいてメンゲラルクに戻るものもいるだろうし……そのまま進んでも、おそらく……あの怪物に殺されるのだろう」
「ひでえ話だな!」
フューヴァが鼻息も荒くそう云って、遠慮なく顔をしかめた。




