第13章「ていと」 1-17 流民を襲う
「だから……魔法は、そんなに便利じゃないんだよ……っと」
折り重なるようにして死んでいる親子連れと思わしき3人の遺体を跨ぎながら、ルートヴァンが答えた。
「それにしたってよ……時間ばっかりかかるぜ」
「そうだよ、大公。妙な気配もあるし……いっそ、短距離で転送をかけたらどうだい?」
などと云うオネランノタルは、浮遊して一行に追随しているのだから苦労は無い。
「で、でも、帝都の近くで転送はまずくないですか?」
水筒を傾けながら、ペートリューが死体に蹴躓いて転びかけた。
「ペーちゃんの云う通りだ、ここはもう魔術師協会の縄張りだし……あまり、目だったことはしたくない」
なにせ、その協会の図書館に通わせてもらうんだからね、とルートヴァンがつけ加え、オネランノタルもうなずいた。
そのようなわけで一行は邪魔くさい凍った死体の群れをかき分け、死体の近くで野営し、メンゲラルクを進んだ。
3日後……。
しかし、本当に死体の山が途切れぬ。
まさに氷漬けの死者街道だ。
「この国の連中、みんなここで死んじまってるでやんす」
プランタンタンがそんな感想を漏らすほど、諸州の人間がなんとか脱出しようとして街道に集まってきたのだと思われた。
「だけど、殿下、様子のおかしい死体もありますね」
「気づいたか、キレット」
云われて、フューヴァやプランタンタン、ホーランコルも観察する。
すぐに分かった。
行き倒れではなく、殺されている。
武器による傷があるのだ。
襲われた、というわけだった。
誰に? また、なんのために?
「こんな流民を襲って、得るものがあるのでしょうか?」
思わず、ホーランコルがそう本音を漏らした。
「もしくは、流民を襲うほど、賊どもも困窮しているか……だが。どうでもいい。気が滅入る。先を急ぐぞ、とっとと帝都に入ろう」
ルートヴァンがそう云い放ち、先頭に立って進もうとしたその時、ルートヴァンめがけて、1本の矢が飛んできた。
不意打ちであるうえに、周囲はまばらに木立がある丘陵地帯だったので、どこから飛んできたのかも分からなかった。
ちなみに、ピオラとオネランノタルは敵と思わしき者どもの気配をとっくにつかんでいたが、ルートヴァンや他も魔術師もいるし、何も心配していなかったので黙っていた。
案の定、驚いたのはフューヴァとプランタンタンくらいで、矢は魔法障壁にはじかれ、ルートヴァンが無意識に放った魔法の矢が凄まじい光と甲高い音を立てて飛んで行った。
「あーあ……」
思わず、オネランノタルが賊に同情する。
「ギャッ……!」
短い悲鳴が風に乗って聴こえ、雪の中を猟師めいた姿の弓兵が転がるのが、ゆるい丘陵の斜面に見えた。
「かまわねえ! 久々のまともな冒険者だ! 行け!!」
そんな声がし、なんと数頭の大型犬ほどの狼竜が斜面を駆け下りて一向に迫った。
「珍しい、竜使いがいるよ!」
オネランノタルが叫び、ルートヴァンに云われるまでもなく、キレットとネルベェーンが素早く短杖を振り上げる。以前はルートヴァンと同じく長杖を使用していた2人だったが、チィコーザ王国で偽ムーサルクの傭兵として働いているときに、取り回しやすい短杖に変えた。見た目や使い勝手が違うだけで、特に性能に差はない。なお、杖は術式の発動に際しての「手がかり」というか、魔力を集中する「とっかかり」のようなもので、熟練者は指でそれを行うこともできるし、ルートヴァン級だと思考法を会得しているので呪文すら必要ないのだが、なにか、
「無いと、意外に寂しい……」
などという理由で持っているに過ぎない。幼いころから魔術を習っているものは、最初からずっと手にしているので、特にそういう傾向がある。
もっともルートヴァンにとっては、魔術がどうこうより、杖術のために武器として持っているのだが。
なんにせよ、百戦錬磨の魔獣使いにとって、4、5頭の狼竜など、一撃で支配できる。
「……な、なんだあッ!?」




