第13章「ていと」 1-13 ウルゲリア滅亡の余波
ひとびとはもう、広大な荒れ地を超えてここに到達するだけで体力と気力を使いはたし、一行を襲おうという素振りもなかった。おそらく、明るくなれば力尽き凍りついたものたちが、ごろごろと転がっているのが見えるのだろう。
「どうするんだよ、ルーテルさん。それに、なんでフォーレンスがそんなことに?」
「ウルゲリア滅亡の余波だろうね」
「ウルゲリアの……?」
その言葉に、目をつむって祈りを捧げたのは、ホーランコルであった。
いま、ホーランコルが忠誠を誓い行動を共にしている異次元魔王ストラが……ウルゲリアの御聖女こと聖魔王ゴルダーイを倒した結果、激しい次元戦闘で生じた空間の傷よりこの宇宙粋全体に漂う天文学的な量の魔力の一部があふれ出て……超高濃度魔力汚染でウルゲリアの国土の8割が人はおろか動植物のいっさい生存できない「死の大地」となったのは、第7章で記してある。
問題は、ウルゲリアが帝国でも有数の穀倉地帯、畜産国で、ウルゲリアからの食糧の輸入で毎年の冬を越えていた国々が、あるいは地方が、たちまちのうちに飢餓に襲われたことである。
現代の我々でも、1か所からの輸入や輸出へ頼りきり、戦争その他の政治的要因でその輸出入が突如としてストップした場合、とんでもない影響を被ることになる。そうなって初めて、リスク分散という考えに至る。
まして、このような世界のこの時代にあって、そこまで考えることができる為政者は、本当に少ない。
国と云っても、地方の国衆が独立を認められているだけの小国であるフォーレンス侯国などは、真っ先にその影響を受けているというわけだ。
「すまないが、我々にはどうすることもできないし、これからもそういう国は出てくるだろうよ。それが、魔王が存在する世界に生きる我々の宿命だ」
ルートヴァンが冷たくそう云い放ち、関所の入り口に向かった。同時にオネランノタルが無言でピオラを連れて浮遊し、50メートルほども浮かび上がって魔力壁を越えた。
関所では久しぶりにまともな冒険者一行が現れ、心なしかホッとした様子だった。
しかし、
「……話を聞きましたか、あいつらから」
一行の、ヴィヒヴァルンやリーストーン、それに皇帝府のしっかりした身分証を確認し、衛兵兼役人が沈鬱な表情を浮かべる。
「ああ、聞いた」
ルートヴァンが、そっけなくそう答えた。
「我々も何とかしてやりたいのですが……デューケスも、似たような状況でして……皆様方も、滞在の折には食糧を供給できる宿は限られてくると思われます。値段も、高騰する一方でして……いえ、買えるだけ良いです。もう、無いものは無いのです。この関所とて、いつまで持つか……」
「そうか……」
ルートヴァンが、思わず後ろで控えている皆を振り返った。ノロマンドルでそろえてもらった携帯糧食も、さすがに帝都まではもたない。どこかで買い足す想定でいた。値段が高騰とは、王族で金勘定に疎いルートヴァンでは思い至らなかった。
ま、プランタンタンやホーランコルらもいるので、市井のことは問題ないだろうし、また資金もオネランノタルの次元倉庫に(庶民的には)うなるほどあるほか、一行も手持ちで多めに持っている。値段の問題ではない。
買い付ける糧食そのものが、物理的に無いとなると、話は全く別だった。
(思っていたより、飢餓の蔓延するのが速いな……)
ルートヴァンは、正直にそう思った。冬の間にじわじわと飢えがひろまり、もっと春近くに、このような大規模な飢饉が生じると勝手に思っていた。想定より、2か月は早い。
(そんな、多少の備蓄もないほどなのか……)
ヴィヒヴァルンはウルゲリアほどではないが、東部に穀倉地帯を抱えており、輸入に頼るほど食糧に困ってはいなかった。また、少しずつ備蓄も行っていた。ウルゲリアとの関係が思わしくなく、いつどうなるか分からなかったからである。
当然、ほかの国も大なり小なり食糧くらいは備蓄しているのが当たり前だと思っていた。
ところが、そうではなかった。
ウルゲリアからの輸入が途絶えるなど、想像もしていなかった。夢にも思わなかったのだ。
(甘いといえば甘いが……有象無象のボンクラ領主に、御爺様やイリューリ王のごとき才覚を求めるのも酷というもの……)
珍しくルートヴァンが神妙に黙りこみ、一同も黙ってしまった。
「では、入国を許可しましょう。御気をつけて。無事に、帝都まで到達できることを祈っております」
「あ、ああ……」
一行が関所を抜け、夜の街道を近くの宿場町へ向かって進んだ。




