第13章「ていと」 1-12 デューケス王国関所にて
侯国の端の無人地帯を街道が通り、帝都とノロマンドル~チィコーザ方面を行き来する旅人にとっては、フォーレンスを通るという意識すらない。帝都からフォーレンスの中心部へは、また違う街道が通っている。ノロマンドル方面からフォーレンスへ用のあるものは、帝都経由で迂回するか、魔物や怪物、野生動物、時に野盗がウヨウヨし、峻厳な岩山や道なき荒野の続く土地を往くしかない。
そのため、フォーレンスは1日で抜けなくては、街道とはいえそんな荒野で野宿をする羽目になる。また、ちょうど距離も人の歩く速度で丸1日ほどだった。
早朝、暁闇のころノロマンドルを抜けた一行は、完全に明るくなる前にフォーレンスに入り、順調に南下を続けた。雪深いノロマンドルやチィコーザと比べると、積雪はあるが足首までも無く、歩きやすかった。岩山の合間を縫うように整備された街道を無事に通り抜け、暗くなるころにデューケス王国に入った。帝国に14ある「王国」の1つで、皇帝輩出権を持たない「外王国」になる。
また、デューケスは帝国に12ある選帝侯国の1つでもあった。
ここは関所があった。
チィコーザへ入った際と同様に、オネランノタルとピオラは夜陰に乗じて一足先に関所を飛び越え……ようとして、関所の周辺に広範囲魔術で結界のような、侵入妨害術が施されているのを確認した。密入国をする悪徳冒険者を防ぐため……にしては、規模が大きい。国境を閉鎖する有刺鉄線付きの高い壁のように、何キロにもわたっている。
「大公、何だと思う?」
ピオラと共にオネランノタルが上空から戻ってきて、ルートヴァンに尋ねた。
「さあ、なんでしょうね」
オネランノタルやルートヴァンであれば、やろうと思えば気づかれることなく穴も空けられるし、結界の高さ以上に飛び越えることも可能なので、ルートヴァンは返事もそぞろだった。
「視たところ、高いと云っても、オネランノタル殿であれば飛び越えられそうですが」
「それはそうだけどさ、なんだと思う? 気にならないのかい?」
「なりませんな」
夜の暗がりに真っ黒いローブ姿で、オネランノタルが肩をすくめる。
「おい、ルーテルさん……」
フューヴァが、少し緊張感のある声でルートヴァンを呼ぶ。キレットらも身構え、ホーランコルが剣の束に手を当てて、
「何者だ!」
と、誰何した。
ルートヴァンやキレット、ネルベェーンが杖の先の照明魔法を、声のほうへ向けた。
現れたのは、襤褸布の塊のような、魔物めいた数人の浮浪者だった。
素早く数えると、7人いる。
ヨタヨタと一行に近づき、
「お……御助け……どうか御助けあれ……」
呪文のように、いっせいにそうつぶやいていた。
「何者だと云っている! 止まれ!」
ホーランコルが叫んだ。
だが、気が付くと周囲には30人ほどもそのようなひとびとであふれ、一行は取り囲まれていた。
「な、なんなんでやんす!?」
プランタンタンもおっかなびっくり、ストラにくっついて後ろに隠れる。
「食べ物……食べ物を……!」
「御恵み……」
消え入りそうな声で、いっせいにそう云い、襤褸達が倒れるように冷たい地面に倒れ伏し、また平伏して一同を伏し拝んだ。
街中であれば浮浪者なのだろうが、
「こ……こんな場所に、どうして……?」
キレットも戸惑う。ここは、フォーレンス~デューケス間の人里離れた国境沿いである。近くの村といっても、少なくともフォーレンス側には無いはずだった。
「フ……どこからここまで辿り着いたか知らんが……そうか、この魔術障壁は、こいつらをデューケスへ入れないためか……」
ルートヴァンが、そうつぶやいた。
「どうすんだよ、ルーテルさん」
フューヴァに云われ、ルートヴァン、
「残念ながら、我らとて、恵んでくれてやるほど食糧を持ち合わせているわけではない。もしかしておまえらは、フォーレンスの中央部よりはるばる来たのか?」
「ハ、ハイ、フォーレンスは、もうおしまいです……」
「王都も封鎖され、街という街が飢え……村々は、盗賊や流民に襲われ……我らも……命からがら、ここまで……」
「冒険者様、勇者様、どうか、せめてデューケスに入れてもらえるよう、代官様に御願いをしてくだされ……!」




