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第13章「ていと」 1-11 いざ出発

 その少年を、魔力で生み出したルートヴァンの分体と看破したペッテルが、触覚をぴょこん・・・・と立てて驚いた。


 「御初に御眼にかかりまする、姫様、リースヴィルと申します」


 ルートヴァンそっくりの端整な顔で、胸に右手を当てて礼をしながら、リーズヴィルがうやうやしく云った。


 「見ての通り人ではない。魔術もそこそこ使えるし、伝達魔法を介さずとも、このものを通じて僕とは常に連絡が取れる。少なくとも、僕並の知識もある。うまく使え」


 「あ……は、はい」


 動揺してソワソワしつつ、ペッテルがルートヴァンとリースヴィル少年を見比べた。


 人間の顔であったなら、耳まで赤くなっていたところだ。

 「では、参りましょう、聖下」


 ルートヴァンがストラにそう云い、場の隅でぼんやりと南西の方角を見やっていたストラがそのままだったので、


 「……聖下、聖下」

 そこでようやく寝ぼけたような顔で振り返り、

 「やあ、ストラだよ」

 とだけ、云った。

 「……」


 一同はほんの少しだけ不安げな表情かおをしたが、ゲベロ島からずっとこんな調子だし、ときどき元に戻るのも知っていたので、スルーした。


 プログラム修復進捗率は、この時点で76%であった。

 


 ペッテルとリースヴィルの見送りを受け、駐屯兵らからも敬礼をもって見送られた一行は、冬の街道をひたすら帝都に向かって進んだ。ノロマンドルは高地でもあり、厳冬期と云えど山あいを下って進むほど少しずつ気温が上がってゆく。ピオラが、オネランノタルの魔力効果で冷房の効いている漆黒の魔力ローブから、まったく出なくなった。


 「この寒さでそんなんなら、夏とかどうするんでやんす」

 着こんでいるプランタンタンが、そう心配した。


 「夏なんか、だれも洞窟の奥で動かねえよお、ひと夏じゅう寝てるやつもいるう」


 それは、冬眠ならぬ夏眠である。アフリカのある種のハイギョは、乾季のあいだ、泥の中で夏眠する種がいるというが、似たようなものだろう。トライレン・トロールは、夏のあいだは山脈のさらに高地の奥で、夏眠をするものもいるのだ。


 「ルーテルさん、春になったらピオラとはいったん別れたほうがいいんじゃねえ?」


 「そうだな、どっちにしろ、ピオラよ、ゲーデル山でいったん離れるのだろう?」


 ルートヴァンに問われ、

 「そのつもりだあ」


 頭からすっぽりとかぶっているローブの奥より、呑気な声がした。幼児のような姿にまで復元しているオネランノタルも、相変わらず同様に魔力のローブを頭からかぶり、カーテンゴーストのように見えた。黒すぎて、フードやケープの部分がよく識別できずに、黒い布切れをかぶっているようにしか見えないのだ。


 さらに、オネランノタルはただでさえ小柄で一同について行くには歩幅が小さくて大変なのに、いまは人間の6歳ほどの背丈しかないので歩きではついて行けず、ずっと空中を低く魔力で浮遊している。ただでさえ魔族であるのだが、その姿がよけいに魔物っぽさを演出していた。


 (ゲーデル山でやんすか……)


 プランタンタンが、妙な郷愁に襲われて目を細めた。グラルンシャーンの牧場から脱走し、その途中でストラを「見つけて」から、半年ほどしか経っていない。元より人間の10倍の寿命があるエルフにとって、半年など何日か寝たら過ぎていたという感覚だったが、もう何年も前に思えた。


 とはいえ、ピオラの話によると、トライレン・トロールの集落があるのは同じゲーデル山でもプランタンタン達ゲーデル牧場エルフのいたリーストーン側と正反対で、ホルストン側になる。山頂付近を含めたその両側にまたがって暮らしているのが、同じゲーデルエルフでも亜種であるゲーデル山岳エルフだった。


 プランタンタンは、ゲーデル山脈の端にあったフィーデ山の噴火の後、ゲーデル牧場エルフの里がどうなっているのか、少しだけ気になっていた。が、行ってみたいとは全く思わなかった。ただ、山岳エルフたちだったら、どうなっているのか知っているのではないか……と思った。


 なので、プランタンタンも少しだけ別行動し、ピオラと共にゲーデル山に向かってもよいかも……という想いにかられていた。


 (ま、いまはとにかく、帝都まで無事にたどりつくようにするでやんす)


 プランタンタン、判断と決定を先延ばしにし、ノロマンドルの山あいをクネクネと走る帝都街道を見やった。

 


 ノロマンドルの急峻な土地をゆるゆると下り、途中の小さな山村集落で宿をもらって(宿では、ピオラとオネランノタルはどこかへ消えた)、3日後にフォーレンス侯国(侯爵領)に入った。ここは関所が無く、素通りだった。というのも、フォーレンス内部に行く分かれ道がないからである。

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