第13章「ていと」 1-9 帝都での目的
各地の王立魔術学校から田舎の私塾に到るまで、およそ帝国で魔術師の教育を受けたものにとって「帝都の地下書庫」はもはや伝説の場所、神聖すぎる聖地であり、そこに入ることのできる魔術師はもう神レベルの、帝国の頂点を極めた魔術師に限られるのである。
「なにせ、僕もまだ立ち入り許可をもらっていないのだからね!」
ルートヴァンの悪い笑顔に、3人は眼を見開いて細かく震えだした。ペートリューもそうなっているので、フューヴァとプランタンタン、
「どんだけなんだよ、その書庫ってところはよ……」
呆れ果てた。
「で、殿下……わわ、我らごときが立ち入って、大丈夫なのでしょうか……!?」
キレットの珍しく動揺した物云いにルートヴァンが小鼻で嗤い、
「フ……大丈夫、とは?」
「我らごときの魔力で、無事に入れるのでしょうや」
「そういうところではない! ……はずだ、なあ、ペッテルよ」
「そうですね。きっと」
3人が不安極まりない表情で、目を合わせた。
「見つかった場合、やはり処罰されるのですか?」
いつも冷静沈着なネルベェーンも、目が泳いでいる。
「私の鍵で入りますので、処罰というほどは……私の鍵は、タケマ=ミヅカ様より直接賜ったもので、そういう権利が付随しております。魔術的な権利です。もっとも、見つからないと思いますよ。ただ、殿下……皇帝陛下が、直接書庫を訪れておりました。見た限り、御ひとりで」
それには、ルートヴァンも気色ばんだ。
「なにっ……皇帝が!? なんのためにだ!?」
「わかりません」
「ふうむ……」
皇帝は、特段に優れていたわけではないが、少なくとも秀才的な魔術師で、チィコーザでは宮廷魔術師長であったし、深くメシャルナーに帰依してシードリー大神殿の王国大神官でもあった。今現在も、皇帝兼帝国魔術師協会会長である。(ちなみに、ヴァルベゲルとシラールは協会理事だった。)
「ま、皇帝が何をしてるかを探る余裕はない。放っておこう。では、我らはこれより帝都に至り、僕とペーちゃんがた3人の4人で、地下書庫でタケマ=ミヅカ様の御仲間のことを探る。その間、聖下たちは、うまく帝都周辺都市に潜んでいていただきたく……」
「いいよ」
ひたすら無表情で虚空をみつめていたストラが、それだけ口走った。
「ホーランコル」
「ハハ!」
「おまえを、聖下を含めみなの帝都滞在統括部隊長に任ずる。頼んだぞ」
「エッ……私めをですか!?」
ホーランコルが驚くのも無理はない。フューヴァとプランタンタンだけならまだしも、ピオラとオネランノタルもいる。それを仕切ろと云われても……。
(自信ないなあ!)
泣き笑いのような顔になってしまった。
「頼んだぞ」
「う……あ……ハハッ! 御任せあれ!」
断れるはずもなく、とにかくそう答える他はない。
その後、公爵邸で一泊した一行は、翌日、いよいよ帝都リューゼンに向けて出発した。
「流石に、帝都に向かって転送魔術は無理だ。歩いて行くしかないよ」
ルートヴァンの言葉に、ガフ=シュ=インの大荒野を踏破した面々は、
「ノロマンドルから帝都なんて、散歩みたいなもの」
という面構えだった。
帝国地図は、各領主家には皇帝符より略図が与えられており、だいたいの道筋や街道筋の情報などは分かる。各国家の詳細図は国ごとに作ってあり、皇帝府に納める他は、もちろん極秘だった。
ノロマンドル公国は南北に細長い土地で、東に行けば2日でチィコーザ、西に行けば3日でフォーレンス侯国に到る。フォーレンスもそれほど大きな国ではなく、またノロマンドルからの帝都街道が領地の端を通るので、1日で侯国を抜け、デューケス王国に到る。デューケスは選帝侯国の1つであり、そこそこ規模が大きい。素通りすれば4日ほどで王国を抜けるが、たいていの旅人は寄り道して王都ラッペンリに滞在し、休んだ。
そこから街道は丘陵地帯を抜け、メンゲラルク諸州連合に至る。ここは帝国でも珍しく、専制君主を置かず大小27州が諸州連合国を組織している。27州の領主により、時には輪番制、時には互選、時には諸侯選挙で選んだ代表が州代表候として内外に政治を行っている。
そこを5日ほどかけて抜けると、いよいよ帝都の圏内に到る。
帝都リューゼン自体は、宮城であるリューゼン城と、役所である皇帝府や帝国魔術師協会、さらにはそれに付随する施設や組織の建物と、そこに働く人びとの住まいで構成され、大帝国の首都としては規模は小さい。人口は77,000程度なので、約8万とする。
その衛星都市と、田園地帯を抱える村落が大きい。




