第12章「げんそう」 8-7 検索盤
と、いうことは、魔王がらみで、
「理由は分からんが、何者かによって意図的に消失させられたのではないか?」
というのが、ルートヴァンの推測だった。
「名もなき地方都市や田舎村でもあるまいし……そうでなくば、帝国を構成する都市国家が、たった300年で人々の記憶や意識にすら残らないほどまで消え去るわけがない」
「なるほど……」
ルートヴァンの説明に、ペッテルも納得した。
そういうわけで、ペッテルはマーラル市国に関する資料が何か残っていないか、調査をしにきたのだった。
異空間でもある帝都地下書庫は、天井も見えないほど高い書架や資料棚が、縦にも横にも永遠に続いているような光景で、まさに迷宮だった。真っ暗だが、明かりが無いと見えないというわけではなく、数十メートルほどの視界は確保されている。
そこを、ペッテルは我々で云うタブレットのような、A4サイズほどの板のような物品を持って歩いていた。
ペッテル自作の魔法の道具「帝都地下書庫検索盤」だ。
つまり、地下書庫の膨大な資料を網羅した検索システムとその端末である。
ペッテルがここに入るのはもちろん初めてではなく、この数十年で数百回は入っている。
そのたびに少しずつ資料を整理し、記録し続けてきた。
そのことにより、タケマ=ミヅカはペッテルにこの書庫の司書のような役割を与えていたことになる。
ペッテルがいかに記憶力が良くても、このどこまでも同じような光景の続く異空間だ。自分の場所すら分からなくなるような場所で、探し物も何もあったものではない。
そこで、検索盤なのである。
使い方も、我々の検索システムと全く同じで変わらない。ただ、プログラムが魔術式で、電力ではなく魔力で動くくらいだ。
「マーラル」「市国」などの単語を帝都語で入力し、書庫のどこにあるかを盤が示す。資料を整理したと云っても、物理的に集めているわけではないので、場合によっては盤上に在りかを示す光点がどっさりと出ることになるが、
(……これだけ……?)
倍率を広げても、この広大な空間に3つしか点が無かった。
少ないとは記憶してたが、いざ実際に見てみると、意図的に秘されたのではないかというルートヴァンの推理もまんざらではないと思えた。
(しかも、3つともすごい離れてる……)
4本の触角をピコピコと動かして、ワンピースに似た古い貴族の着る普段着ドレス姿のペッテルは、静かに書架の合間を歩いた。愛らしい赤いエナメル靴が、コツコツと床を叩いた。
ペッテルの顔面にある大きな2つの凶悪的に歪む複眼と無機質な5つの単眼が、どのような映像を脳に映しているのかは、分からない。
また、その触角も何を察知・把握あるいは感知しているのか、ペッテルにしか分からなかった。
半魔族であるペッテルは、当然、そのままでは生きてゆけない。
まず、この昆虫態の口器では、呼吸ができない。
それなのに、胴体は人間のままなのだから、肺呼吸である。
従って、人工呼吸機さながら、魔力で呼吸(の、ようなもの)をしている。空気中から、直接肺に空気を満たし、排出している。
食物に関しては、わりとそのまま摂取しているが、味をどのように感じているのかは不明だ。
そのペッテルが、息を飲んで、立ち止まった。
実際に呼吸しているわけではなく、息を飲んだ様に見えるだけなのだが、そういう行動に出るのは、本能のようなものだった。
(だ、だれか……いる……!)
急に動悸が激しくなり、全身が震えだした。
キョロキョロしつつ、4本の触角が忙しなくバラバラに動き、気配を探る。
そのペッテルの真上を、書架を跨ぎながら、巨大な魔物が通りすがった。
3~4メートルはあろう10本の長い腕があり、それで器用に書架を押さえながら歩いている。ただし、けして収集物には触れない。髪がまばらに生える巨大な人間状の頭部に、歪んだ巨大が目玉が2つあって、ぎろぎろと上方や下方を睨みつけていた。
胴体は、クモめいて腰の部分に節があり、下半身は異様に小さく、脚は幼子のように申し訳なさげについて空を蹴っている。




