第12章「げんそう」 8-6 帝都の地下書庫
ルートヴァンに説明を受けたアーリャンカは、無気力に打ちひしがれ、目を伏せて無言でたたずんでいるだけだった。
「姫さんよお、アタシにゃあ、あんたの気持ちも何も分からねえ。うまい云い方もできねえ。でも、王族ってのは、生まれて生きているだけで、下々にゃあできねえ夢みてえな暮らしをさせられる。下々だって、下民に生まれて生きてるだけで、王侯貴族からすりゃあ虫けらみてえな暮らしをさせられる。互いのその報酬で代償なのが、死ぬってことだよ。生きて死ぬのに、王族も下民も変わらねえ。みんな死んで姫さんだけ生き残ったんだから、新しい王様が死ぬまで祈らせてくれるだけで儲けものじゃねえか」
フューヴァがそう云い放ち、ルートヴァンが頼もし気にうなずいた。
アーリャンカはそんなフューヴァに振り返るや、飛びつくように抱きついて、さめざめと泣きだした。
フューヴァが、やさしく抱き返してアーリャンカの背中を撫でた。
その数日後……。
年の替わりまであと10日ごろとなった。
フローゼの魔力阻害装置を受け取ったペッテルは、フローゼの修理の前に、ルートヴァンより与えられた密命を実行した。
帝都の地下書庫に入ったのである。
皇帝府と皇帝の邸のあるリューゼン城の地下深く、厳重に魔法防御が施された異空間に3つの巨大黒シンバルベリルと合魔魂を行ったタケマ=ミヅカが「世界の固定」のため、要石として鎮座しているのは、既に記してある。
その「神の間」と同レベルの防御が施された隔離空間に、地下書庫はあった。もっとも「地下」とは便宜上の呼び名で、「神の間」と同じく物理的な地下ではなくもはや異空間だ。
そこに至るには、皇帝より与えられた特殊な「鍵」……いわゆる「パス」が必要であった。
また、パスがあろうと皇帝の許しが無くては、入ることはできない。それは、魔法的に、という意味だ。
パスを所有しているのは、帝国で20人ほどだった。ヴァルベゲルとシラールも有している。ルートヴァンは、まだ有していない。
その20人ほどに、ペッテルは含まれていなかった。
が、ペッテルはタケマ=ミヅカより直接パスを与えられていた。
しかも、そのことは皇帝すら知らなかった。
つまり、皇帝の許しが無くても入ることのできる、特殊なパスだった。
おそらく、皇帝以外にそのパスを持っているのは、現役ではペッテルだけだろう。
また、そのパスは地下書庫に通じる次元回廊のパスも兼ねていた。従って、ペッテルはノロマンドル旧都スヴェルツクの旧公爵邸より直接歩いて10分ほどで、自在に地下書庫に到ることができた。
地下書庫は雑然としていつつ、整然としている。帝国成立最初期や以前の古代フルトス紙による古文書はもちろん、石板や粘土板、木板に書かれ、あるいは刻まれたような、数千年前の発掘文書も山のようにある。専門の調査官や研究者もいるにはいたが、なにせこういう世界なので、論文にして発表するとか、本にまとめるとか、そういう事には至っていない。ただ、ひたすら保存しているだけだった。
だから、分類もされていない無限の資料の山から、ひたすら御目当てのものを探すことから作業は始まる。それだけで、一生を終えてもおかしくはないレベルである。
だが、そのために魔術というものが存在する。
ペッテルはルートヴァンの命を受け、マーラル市国に関する資料を探した。
マーラル市国は、帝国を構成する700余州にあって特殊な地位を築いていた都市で、いわゆる都市国家だ。都市国家というのは、古代にはチラホラあったとされるが、少なくとも帝国成立前の数百年間と成立後の千年間には、マーラルしか例がない。異文化異民族の土地と接する帝国西方部と帝都を含む東方部とのちょうど中間ほどにあったとされるが、300年前に滅んでしまい、廃墟すらなくなって、いつしかどこにあったのかすら分からなくなっている、まさに「幻の都市」だった。
しかし、ペッテルが以前タケマ=ミヅカより聴いたところによると、マーラル市国には、かつて魔王がいたそうである。




