第12章「げんそう」 8-5 落としどころ
云いつつ、
「だが、あの娘は頭がよく、狡猾な元第3王子に何を吹き込まれて育っているか、見当もつきません。見逃すのは危険だ。分かるでしょう。偽ムーサルクの二の舞は御免だ」
「しかし……」
「むしろ、どうです。皆様方が、旅に連れて行ってしまうというのは」
「無理ですな。役に立ちません。邪魔です」
それには、レクサーンも苦笑。
「……」
「……」
そのまま、2人とも押し黙ってしまった。
と……それまで、仏像のようにただそこにいたストラが、
「この国には、メシャルナー神を奉じる宗教施設は無いのですか?」
ルートヴァンとレクサーンが、同時にストラを見やった。
「宗教……神殿ですか」
「はい」
「あ、ありますが……それが、なにか」
レクサーンが、ストラの意図が読めずにチラリとルートヴァンへ目を移した。
「まさか、聖下、アーリャンカを、神殿に?」
「はい。神殿にて俗世を離れ、この度の騒動で亡くなった者たちの魂の安息を神に祈る生活を送ってもらいます」
我々で云う「仏門に入る」あるいは「出家する」というやつだ。敗軍の将や一族の生き残りが出家し、死罪を免れる代わりに死んだ者たちの冥福を祈って余生を過ごす。
だが、この世界のこの時代に、そのような慣習は無かった。
「一生ですか」
「はい」
それは、レクサーンやルートヴァンには、一種の刑罰に思えた。
(この魔王……なかなか突拍子も無いことを云う……)
レクサーンは感心し、そう話しながら、レクサーンを見もしないでまっすぐ虚空を凝視しているストラの半眼無表情で端整な顔を見つめた。
「で、ですが、アーリャンカが何と云いますかな……彼女にとっては、余は叛逆者。その叛逆者の命により、そのような生活を今後一生……」
「しかし、それしか選択肢がないのであれば、断れますまい。まして、聖下の御提案であれば、それを断って死ぬことまでこちらも責任はとれません」
それが落としどころか。レクサーンが、うなずいた。
「けっこうです。神殿でのメシャルナー様への祈りの日々を妨害することは断じて無いと、メシャルナー様へ誓いましょう」
「分かりました」
ルートヴァンもうなずく。
「では……余からの願いも」
レクサーンが硬かった表情を崩して、ややリラックスし、そう云った。
「何でしょう」
「皆様方には、何卒この国で新年を迎え……来年早々に行われる余の戴冠式に出席いただき、真に正統にして新たなるチィコーザ宗家の誕生を祝っていただきたい」
「食客として過ごしていてよいと申される?」
「もちろん」
「御存じかもしれませんが、トロールや……実は、魔族もおりますが」
「魔族も!?」
それは聞いていなかったレクサーンが、驚いて目を丸くした。
「当然ながら、そのものも聖下の忠実なる使徒。皆様に危害は絶対にくわえませぬ」
「はあ……」
「オネランノタル殿、いるのでしょう? レクサーン陛下に御挨拶を」
ルートヴァンがそう云うや、
「イヒィイーーーーーーーッヒヒヒヒ!! フシャシャシャシャシャアアア!! まあ~ーー~、そういうことだよ、レクサーン王! よろしく頼むよ!!」
透明化して天井に張りついていたオネランノタルが突如として姿を現し、その不気味な姿でバッサバッサと広間を飛び回ったので、控えの者や護衛の兵士が悲鳴を上げて腰砕けとなり、レクサーンも驚愕してすくみあがった。
それから、一行は客室棟を丸ごと与えられ、それぞれ好きな部屋に滞在することになった。
もっともピオラは相変わらず外で気楽に過ごし、オネランノタルはフローゼ(部品)を連れて転送魔術によりノロマンドルのペッテルの下へ向かった。プランタンタン達3人は、個室を与えられても広すぎて所在なかったのでそのまま3人で部屋を使い、ホーランコル達もそうだったので、客の使用人が使う狭い個室に入った。ルートヴァンとストラが、最上階の王室専用尾部屋を使った。もっとも、ストラは部屋の隅で腕を組んで立ちすくみ、ひたすら壁を凝視している。その方向は……はるか西方だった。




