第12章「げんそう」 8-4 同盟
「痛み入ります。さて、陛下は、偽ムーサルクめに兵を御出しになられてましたな?」
ルートヴァンが、プランタンタンが見ていたら大嘆息をするような、非常に悪い笑みを浮かべてそう切り出した。
だが、レクサーンも負けていない。その笑みを正面から受け止め、
「いかさま。仮にも前の月の塔宗家が末裔を名乗る者、無視はできませぬ。しかし、本心からの出兵ではなかったのは、この通りである」
「……なるほど。では、偽ムーサルクめが、チィコーザが代々封印を監視していた魔神魔王ゾールンの手の者であったことは……」
「知る由もないこと! 知りようがない!」
ま、確かにそうだろうな……とは、ルートヴァンも思った。
(で、なければ、偽ムーサルクがまだ健在だった段階で、自分が王にはならないだろうさ)
本来であれば、偽ムーサルクを王にする立場なのだから。
「それでは、陛下が、この城の地下にあるという宝珠『冬の日の幻想』を御継承に?」
「いかさま。宝珠に関しては、王と各宮家の当主、その最側近だけがその在所と役割を知っているのです。元王子たちは、まだイリューリ王から伝えられていなかったはず。名前は、知っていてもね」
「そうですか」
ルートヴァンは、果実のジャムには手を付けず、濃く熱い紅茶をすすって、本題に入った。
「さて、魔神魔王の手下たる偽ムーサルクめを撃退せしめた聖下におかれては、それが魔王号を持つものの務めとはいえ、貴国に対しその建国以来の使命にして大業を助けたのは事実。それに際し、何らかの報酬があってしかるべきと存じますが……」
「それは、ヴィヒヴァルン大公としての御言葉ですかな?」
「まさか。聖下の、第一の使徒としてです。意外に、魔王退治の旅は物入りでして……」
レクサーンが笑いながらスプーンでジャムを口にし、茶を飲んで、
「なるほど、さもありなん。金銭でよろしいので?」
「金銭もさることながら……」
その言葉の続きを、レクサーンは手で制した。
「御存じの通り、我が国は大魔神メシャルナー様の永遠の信徒にして使徒。貴公がイジゲン魔王様の使徒であるのと同様に、始祖イヴァールガルは、メシャルナー様の永遠の使徒にして騎士なのです……」
その時の、レクサーンのはるか遠くを見るような眼は、未だにイヴァールガルの子孫たちが果たせぬタケマ=ミヅカへの想いを現しているようで、柄にもなくルートヴァンも胸を打たれた。
(……おそらく、僕の子孫たちも、千年後に同じ目を聖下の面影へ向けるのだろう……)
微笑みながら瞑目し、ふと、目を開けて優し気な表情をレクサーンへ向けた。
「では、ぜめて同盟を……」
「ヴィヒヴァルンとですかな?」
「いかさま。もっとも、帝国構成国同士で、同盟も何もないでしょうが……」
「いえいえ、帝国はもはや名目のみ。ここ100年、犬猿の仲と云われているチィコーザとヴィヒヴァルンが同盟関係になるのであれば、帝国の東部は安定しましょう」
元より地域大国のチィコーザには「子分国」「衛星国」としてガントック王国や、その他の小国が幾つもある。それらが、まとめてヴィヒヴァルンに協力するのであるから、ウルゲリア無きいま、もはや帝国東部は8割がたストラの支配下か影響下に入ったと考えてよい。
ルートヴァンはその結果に、満足した。
(こうなれば、春先の御爺様の侵攻も、まずは西からとなるだろう……その際に、後ろから矢を打たれないだけでも御の字だ)
そして、
「魔王様への謝礼は、20億トンプで如何でしょうか」
「非常に助かります!」
ルートヴァンはそう云ったが、ノロマンドルが一括でチィコーザに返した56億トンプのうち50億はストラが出したものだ。半分も回収できていない。
が、当面、20億も使わないだろうから、稼げばよいし、いざとなればヴィヒヴァルンから融通してもらえる。まずは、敵国だったチィコーザがポンと20億も出したことを評価したい。
「で、最後の議題ですが……」
ルートヴァンがそう云い、レクサーンも、
「アーリャンカ姫ですな」
「いかさま。我らが保護したのも、何かの縁。できれば、その命と立場と今後の安寧な生活を保障して頂きたい」
「何故です。魔王様や貴公に、何の関係もない。我が国と我が王家の問題です」
「ですから……たまたまだろうがなんだろうが、聖下が保護してしまった事実は変わらないでしょう。ここで殺されるとわかって、みすみす引き渡すのは、聖下の聖名に傷がつくというもの」
「で、しょうな……」
レクサーンが、片眉を上げて、茶を飲みほした。
「アーリャンカは運がいい」




