第12章「げんそう」 8-3 会談
夜半からの雪がやみ、薄曇りだった。除雪をしていないので、一帯は脛の中ほどまでの雪が積もっている。
「ピオラ殿、魔王様や大公殿下が、3日後に戻ってきますよ」
「分かったよお」
「もう少し、番を御願いしますね」
「これくらい、なんでもねえよお」
ピオラは、自身に積もった雪を全く落とさぬほどに身動きせず、張りのある声でそう答えた。
リースヴィルが玄関の大きな扉を閉め、まっすぐ回廊を歩いて客室棟のロビーへ向かい、待機兼監視の兵士達に、
「代王陛下に御伝え願いたい」
と、氷のような声で云い放った。
3日後、昼少し前。
ピオラが凍った泉のように澄んで青い眼を開け、やおら、立ち上がった。
遠巻きに監視していた兵たちが声を上げる中、全身に降り積もっていた雪を払い、晴れわたった冬の淡い空を見上げる。
遠くから6頭の飛竜が現れて、すぐに大きくなった。王宮の上空を何度か旋回したのち、王宮の広い敷地内に、次々に降り立った。
「やっと着いたな」
雪深い敷地内でルートヴァンがそう云い、雪原のようになっている広場を、大きな馬がこれも大きく立派なそりを曳いて一行の下に向かってくるのを見つめた。
キレットが竜たちを逃がし、ルートヴァンの後ろに控えていると、そりが止まって、乗っていた使者が雪をかき分けてルートヴァンの前に来た。胸に手を当てて深く礼をし、
「イジゲン魔王様、エルンスト大公殿下におかれましては、レクサーン陛下が御待ちで御座りまする! 何卒、御登城されたく!」
「わかった」
ルートヴァンが答え、
「有り難き幸せ! どうぞ、御乗りに!」
「フ……魔王様に、ソリに乗れとは、新しい王陛下は大胆だな」
「え……は、その……!」
先を歩いていた使者が、ギョッとして振り返った。
「冗談だ。なんでもいい」
「ハッ……! 恐れ入り奉ります!」
大きな馬そりに5人で乗りこみ、王城へ向かった。
王宮内をそりは進み、アデム城の正門から入ると、きれいに除雪されていて、今度は床下に簡易ストーブがあり、暖房付きの立派な馬車が待っていた。5人乗りだが、ルートヴァンとストラだけが乗りこみ、ホーランコルらは用意された毛長馬に乗って付き従った。
王城の門に到って、儀仗兵と第2騎士団が立ち並ぶ中を、ストラとルートヴァンが歩いて城に入った。ちなみにオネランノタルは透明化して、ストラの腰に引っついたままだ。
ホーランコルらは別の入り口に案内され、控えの間に通された。
「御疲れ様です」
そこに、リースヴィルが待っていた。
「え……ぶ、無事だったのですか!?」
驚いたのはホーランコルだけで、キレットとネルベェーンはこのリースヴィルが2体目というか2代目だと分かっていた。
それを説明されたホーランコル、さらに驚いてリースヴィルを見やった。
さて、ルートヴァンとストラは、そのまま謁見の間ではなく、王の私的な広間に通された。
魔王を謁見するわけにはゆかないからである。まして、王とはいえ代理王が。
「御初に御眼にかかり恐悦、イジゲン魔王様、そしてエルンスト大公殿」
レクサーンが席を立ち、ルートヴァンとストラを自ら部屋の入り口まで歩いて出迎えた。
中肉中背ながら、その精悍にして思慮深くかつ狡猾な顔立ちと眼差しに、ルートヴァン、
(フフ……このものがイリューリ王の子であったならば、こんな騒動にはならなかっただろうに……)
同情しつつも、この混乱でこういう人物がちゃんと王家から出ることに、チィコーザ王国の王位継承制度のしたたかさや巧妙さを垣間見た。
「さ、どうぞ、御両名とも御席に。休憩も無しで恐縮だが、事態は未だ切迫し、国は混乱している。御許し願うと共に、まずは我が国と皆様方の今後を、話し合いたい」
レクサーンが2人を席にいざない、珍しくストラも座った。いつも通り帯剣のままだったが、誰も何も云わぬ。
部屋の隅にはチィコーザ名物の大きな湯沸かし器が立派な台に乗っており、王室御用達らしく素晴らしい花文様の陶器製だった。濃茶を淹れた後に、その湯で好きな濃度に薄めて飲む。また、茶請けとして各種のジャムが付くのがこの国の流儀だ。
会談に際して、まずルートヴァンが、
「代王陛下、おそれながら、話は全て僕を通していただきたく……」
「分かっております、大公殿。また、既に優秀にして勇敢かつ強力な小さな御使者兼臨時大使により、皆様方が偽ムーサルクめを討ち滅ぼしたことは承知しております。感謝いたします」




