第12章「げんそう」 8-2 悪いようにはしない
「せめて、ルーテルさんが帰ってきたらなあ」
フューヴァがそう云っていた矢先、リースヴィルが部屋に入ってきて、
「大公殿下から、連絡がありましたよ。聖下の御活躍もあり、無事に偽ムーサルクを撃退され、王都に向かっているそうです」
フューヴァが手を打って、
「さすがだぜ! で、いつ到着するんだ?」
「3日後には、御帰還さなれるかと」
「魔法で飛んでくるんじゃねえんだ?」
「オネランノタル殿も殿下も魔力を使い果たし、キレット殿らの用意した飛竜に乗って御帰還です」
「魔力を?」
フューヴァが、テーブルで水みたいにワインを呑むペートリューを見やった。
「おい、どういうことだよ!? 酔いつぶれる前におしえろや!」
「偽ムーサルクとの戦いが、それだけ大変だったんじゃないですか?」
「なんでだよ、何かすげえ魔法でも使ったのか?」
「知りませんよ……」
リースヴィルは、チィコーザより移封された魔王が干渉してきたことを云おうかどうか迷ったが、説明しても理解されないと判断し、黙っていた。ただ、
「フローゼさんが戦いで負傷し、いったんノロマンドルに戻るそうです」
「えっ、フローゼが!?」
フューヴァが驚いた。
「また、壊れたんでやんすか?」
「そのようです」
「でも、フローゼを壊せるって、ストラさんくらいじゃねえ?」
「……と、いうことは、もしかして、チィコーザに封印されていたっていう古代の魔王が、封印を超えて攻撃してきたんじゃ……?」
ペートリューの見事な推理に、プランタンタンとフューヴァも得心。
「遺跡の地下で、オネランノタルを殺しかけたヤツか!」
「それなら、ルーテルの旦那やオネランの旦那が魔力を使い果たしたのも納得でやんす」
そのやり取りに、リースヴィルが感心した。
(大公殿下の申される通り、この3人も、なんだかんだと、ただものではない……)
「だけど、そんなスゲエヤツをやっつけるなんて、さすがストラさんだぜ!」
フューヴァが明るくそう云って笑い、その笑い声を聞いたアーリャンカがソファから立ち上がって、フューヴァにしがみつくように、
「ま、魔王様に、どうか……御口添えを御願い致しまする! ち、父上や母上、弟の仇を……どうか……!!」
その必死の形相に、フューヴァは息を飲んだ。
「……」
アーリャンカの泣きはらした目を見つめていたフューヴァは、しかし、
「姫さん、そいつはできねえ相談だぜ。だって、新しい王様は、魔王でも魔王の手下でもねえもの。魔王は、魔王としか戦わねえんだ。ルーテルさんだって、しょせんはヴィヒヴァルンの人間だ。どうすることもできねえよ」
アーリャンカが、ガックリと膝から崩れ落ち、また嗚咽を漏らし始めた。
その様子を、プランタンタンとペートリュー、それにリースヴィルが無言で見つめる。
「せめて、姫さんの命乞いを頼むくらいだぜ。だけど、偽ムーサルクを倒した魔王の頼みを断るほど、新しい王様はバカでも傲慢でもないだろうさ」
「悪いようにはしない」とは、そういうことだ。
リースヴィルが微笑みながら、優しくアーリャンカの肩や背中をさするフューヴァを見やり、退室した。ストラやルートヴァンが3日後に戻ってくることを、レクサーンに伝えるために。
(その前に、ピオラ殿にも伝えておくか……)
ピオラは客室棟の表玄関前に胡坐で座りこみ、座禅めいて瞑想を続けていた。雪深い翌日には雪だるまみたいになっていたが、微動だにしないし、飲まず食わずだ。トライレン・トロールは普段から大食らいで、重戦闘モードの後は特に飢餓に襲われるが、半面、狩りを含めた戦闘がない場合や、このような瞑想状態だと10日以上も飢えや渇きに耐えられる。
だからと云って、寝ているわけではもちろんない。
兵士が近づこうものなら、即座に反応する。当然、矢を打ちかけてもトライレン・トロールの装甲皮膚には無意味だ。
魔法で攻撃すると云っても、一般レベルの魔法攻撃では普通のトロールにすら通じない。トロールは、勇者級とまではゆかずとも、少なくとも勇者パーティに合流しているクラスの魔術師の魔法、+15以上の魔法の武器、家が燃え尽きるほどの業火、人間を重症化させるほどの強酸でなくば、傷もつかぬ。まして、重戦闘種族のトライレン・トロールであれば、その倍以上だ。
リースヴィルが玄関を開け、内側から外に出た。




