第12章「げんそう」 8-1 アーリャンカ
ちなみに、今更ながらの解説であるが……この世界の飛竜類は、我々の翼竜に似た華奢な身体で、人間を余裕で乗せて飛翔が可能だった。すなわち、その翼で風だけではなく魔力を捕まえ、大気に満ちる自然魔力と翼に薄くまとった魔力を反発させ、その反動を利用して飛ぶからである。
「待ってよー~ー!」
オネランノタルが滑空してきて、音もなく竜に乗ったストラの腰の後ろに張りついた。
「ハイッ!」
キレットの号令とともに、5頭に乗り1頭を予備とした6頭の飛竜がいっせいに飛び立って、シャスターの街のあった場所より東に向かった。
8
そのころ……。
王都バラーヂンでは、電撃作戦でクーデターを終え、イリューリ王の遺骸と王冠を入手した月の塔チィカール家レクサーン親王が代王としてアデム城に入っていた。年が明けると同時に、正式に即位する。降伏した第1から第3騎士団とその軍団は、ほとんどが新王に仕えなおしていた。どうしてもこだわりやわだかまりが残り、職を辞して廃業したものは、レクサーンは無理に止めなかった。
フューヴァ達は異次元魔王の使者兼前王の食客として、リースヴィルが窓口となって、レクサーンサイドと交渉していた。
交渉の最大の争点は、フューヴァらのいる部屋に逃げこんだ第3王子クリャシャーブの長子アーリャンカ姫の引き渡しである。
レクサーンにとって新王即位のトゲになることは明白だったし、これを見逃しては、次なる偽ムーサルクが出るのは明白だった。
腕づくで奪っても良かったが、新王側にピオラとリースヴィルにかなう戦力は無かった。また、第1騎士団長がイリューリ王の最後の言葉を伝えており、元イリューリ王の家臣達で、ストラ(の家臣)に剣を向ける者は皆無だった。
「心配いらねえよ、ストラさんやルーテルさんが戻ってきたら、悪いようにはしねえさ」
フューヴァがそう云って慰めていたが、気丈さを見せる中にも、クーデターで家族全てを失ったアーリャンカは、不安と絶望に押しつぶされそうな日々を過ごしていた。
ちなみに、誘拐された弟のスヴャーベル王子は、その日のうちに首を刎ねられていたことが判明している。
旧イリューリ王家の生き残りは、第3王子家のアーリャンカ姫と第1王子家のリェリール妃、ナーリー姫だけになっていた。
もっとも……生き延びたといっても、実家であるヴャートヴィル公爵家に戻されたリェリールとナーリーのその後の人生は、幸せだったのかどうか分からない。新王の不興と不審を買うことを恐れた父公爵や後の兄公爵により、この母子は公爵邸の片隅の小部屋に幽閉され、一生を過ごした。リェリールは享年48、ナーリー姫は享年27であった。またナーリー姫は母の死と同時に26で発狂し、その翌年に縊死したという。
「そうでやんす、いまごろストラの旦那やルーテルの旦那が、大昔の魔王の手下だっちゅうニセなんとかをぶっ倒してるころでやんす」
暖炉で尻をあぶりながら猫背で後ろ腰に手を組み、、プランタンタンもそう云う。その姿は、背の低い老人のようだった。
「プランタンタンさんの云う通りです。偽ムーサルクの動向は、新しい王様にとっても面倒のはず……まして、これまで表面上だけでも協力してたんですから。ストラさんが偽ムーサルクを排除したっていうんなら、新しい王様もストラさんを粗略には扱えないですよ。そのストラさんが、保護してるんですから……」
誰がそんなまともなことを云ったのかと思ったら、ペートリューだったので、プランタンタンとフューヴァは目を丸くして、
「おい、また悪いモンでも食ったのか?」
「消毒で、酒を飲むでやんす!」
と、本気で云いだした。
「え、わたし、ふだんそんなに変なこと云ってます?」
ペートリューも割と本気でそう返したが、
「……」
プランタンタンとフューヴァがややしばしペートリューを見つめただけで、すぐにアーリャンカに向き直った。
ペートリューも、自分のことよりアーリャンカのほうが優先順位が高いと思ったので、特に何も気にせずに、黙って宮廷で使われる高価なガラスのグラスに、チィコーザ南部産の高級白ワインを注いだ。
アーリャンカはソバカスだらけで眼もあまり良くなく、いつも細目にして眉をひそめ、特段の美女というわけでもなかったが、生まれ育った気品というものは隠せなかった。そのアーリャンカが毎日気落ちし、ソファに座ったまま涙目で鬱々としていたので、どうにかフューヴァやプランタンタンは慰めようとしていたが、こればかりは本人の問題であるし、2人とも王族の立場や不安なども想像もつかなかったので、どうしようもない。




