第12章「げんそう」 7-17 ゾールンの影
「た、大公……逃げたほうが良くない……?」
オネランノタルが魔力通話で、そう云った。
「フ……逃げられるものなら、ですが……賛成ですな」
「ストラ氏は、何やってるんだい!? 魔王が干渉してきてるよ!」
「いえ……まだ、これは、魔王ではありません……聖下が、御出ましになられるには……!」
「そんなことを云ってる間に、私らが死んじゃうよ! ほとんど魔王だって! こんなの!」
「確かに……!!」
しかし、そうは云っても、ルートヴァンからストラを呼ぶなどというのは経験がないし、そもそも方法が分からない。ストラは魔力を使わないのだから、魔力通話も不可能だ。物理的に連絡を飛ばそうにも、
(そんな余裕は……なさそうだが……!!)
「さあて……オレ様の邪魔をする奴あ……容赦はしねえぞ……」
魔神ゾールンが、ゆっくりと身構えた。魔力が、異様に高まってゆく。まさに、分身の分身のくせに、もはや魔王級だ。
「う……わ……」
たまらずオネランノタルが逃げ出そうとしたが、気がつけばもう、周囲は分厚い結界に包まれていた。
(いつの間に……!!)
ルートヴァンも戦慄する。魔術がどうとか、魔力を使用するとかいうレベルではない。思考行使どころですらない。
勝手にそうなっているのだ。
(ば……ばかな……こんなことが……)
だが……ルートヴァン、もし、この「バケモノ」を倒すことができるものがいるとすれば……やはり、同じくこの世のものではない存在……ストラしかいないであろうことも確信した。
「で、あれば!! 聖下が来られるまで、寸時でも時間稼ぎをしてみせる!!」
ルートヴァンがそう叫んで気合を入れたのと同時に、ゾールンがゆらりと身体を次元の狭間に入れ、気がつけばルートヴァンの眼前にその巨体を現していた。
次元窓の一種を使った、瞬間移動だ。
分身とはいえ、魔王に特有の次元操作ができるのである。
「……!」
ルートヴァンが一瞬で自分に影を落とす魔力圧に硬直し、まさに死を迎えようとした時、
「逃げて!!」
ルートヴァンを体当たりで突き飛ばし、フローゼがすかさず指向性の魔力阻害効果をゾールンに放った。
「フロ……!」
ルートヴァンとオネランノタルはしかし、魔力阻害装置に近づくことができなかった。
確かに一瞬でも魔力が阻害され、結界に隙間でもできれば、2人ならば脱出できる。
だが、フローゼは。
「バカなことを!」
ルートヴァンが目をむいて叫んだ。
「ゾォルの神よ、この力は!」
ノコォノスガンマナも、魔神の肩の上で震え上がる。
「知ってるぜえ、いっかい、くらってるからなあ」
云うが、目の前で魔力阻害効果を放つフローゼに向け、ゾールンが、
「バオオオオオオオオオオオ!!!!」
凄まじい咆哮を放った。
(……なんで……すって……!?)
阻害効果が打ち消され、フローゼが愕然としてその顔を引きつらせた。
ゾールンの太い腕がゾンビらしくのっそりと動いたが、空間が歪み、動いたと思ったらフローゼを打ち据えていた。
豪快な破壊音がし、フローゼの胴体がひしゃげて砕け、手足や首もちぎれてバラバラと散らばった。
「なんでえ、生き人形か。手ごたえのねえ……」
地面に転がったフローゼの頭部を踏みつぶし、ゾールンがルートヴァンに向き直る。
(なんたる……!!)
魔王の恐ろしさを、ルートヴァンが噛みしめた。
そんな必死の形相で杖を構えるルートヴァンを見やって、ゾールンめ、
「へっ……まさか、そんな棒っ切れで、オレ様とやりあおうってんじゃあねえだろうな。ガンマナの空間雪崩を防いだほどの魔術師だあ……少しは、効果のある魔法を使ってみせろや……」
グッ、と、ルートヴァンが奥歯をかんだ。
純粋な魔力量で云えば、濃赤色シンバルベリルと合魔魂を果たしたヴィヒヴァルンの父王太子より時空を超えて送られてくる魔王級の魔力があるが……。
(こやつに、どのような魔術をもってしても、おそらく効果はほぼあるまい……!!)




