第12章「げんそう」 7-16 ゲドラム
「たッ、大公!!!! こいつはあああーーーーッッ!!!!」
「フローゼも下がれええええーーーーッ!!」
ルートヴァンのそんな切羽詰まった声を初めて聴いたフローゼ、すかさず遮二無二走り、全力疾走でその場を離れる。
とたん、白シンバルベリルが、砕けた。
膨大な魔力が噴きあがり、オネランノタルの空間攻撃も、紙細工が燃えるようにしてたちまち魔力の歯が燃え上って消えた。
オネランオタルが、慌てて直上から脱出する。
次にそれを食らったら、もう助からぬ。
「ちっくしょおおおおおお!!!!」
全身を粉砕された、あの屈辱の記憶が蘇った。
ルートヴァンも、オネランオタルやフローゼを助ける余裕がなかった。ヴィヒヴァルンからの全魔力を、完全防御に使用する。
光がはじけ、そして映像の逆再生のように集束した。
「…………?」
魔力残渣が、霧のように立ちこめた。
そこに、いたのは……。
(な……なんだ……何ものだ……!?)
ルートヴァンが目を見張る。
体高が3メートルはある、あんこ型の相撲取りもかくやというほどでっぷりと肥えた、竜と人を合わせたような、竜人がいた。直立し、レスラーのような太い腕も人間めいているが、頭と脚は完全に竜だ。太い尾もある。が、翼は大きな体に隠れ、よく見えなかった。
その左肩に、目を丸くして呆然とするノコォノスガンマナが座っている。
その手が細かく震えながら、大きく太いアゴの竜の頭から突き出ている角の1本を握っていた。
竜人は、全身が灰色がかってどす黒く、眼も白濁していた、
ところどころ鱗もはげ、角も何本か折れている。
(し、死骸……か……!?)
ルートヴァンが瞠目した。どう見ても、竜人は生気を持っていなかった。
それが、ゆっくりとルートヴァンに向き直った。
これは、一種の「ドラゴン・ゾンビ」である。
しかし、この世界のモンスターにアンデッドは存在しない。
存在しないものが、出現しているのだ。
(まさか……まさ……まさか……!!!!)
ルートヴァン、首を振って自らの考えを否定した。
(封印が破られたわけがない!! これは、魔王ゾールンではない!! ま、魔力による分身か、幻想か何かだ!!)
そう思って、ドラゴン・ゾンビを睨みつける。
「へっ、イキのいい魔法使いがいやあがるじゃねえか」
ドラゴンの口の癖に、そんな野太い声が響いた。魔力で話している。
「これじゃあ、ガンマナよお、おめえじゃ手に負えねえのも仕方がねえ」
ノコォノスガンマナが、まさに鳩が豆鉄砲を食らったと云うに相応しい顔で、
「お……恐れ入り……奉りまする……」
「貴様、魔王ゾールンではあるまい!! 何奴か!!」
ルートヴァンが誰何するが、全身が冷や汗でびっしょりと濡れつくしている。
「もちろん、本体じゃあねえ」
そのドラゴンの大口が、笑ったように見えた。
「でもよお、こんなチンケな分霊のそのまた分身でも、おめえらごとき、わけねえぜえ」
「なにィ……!!」
「おめえらだって、魔力で分身を造るだろうが」
「……」
「だがよお、その魔力の量や質がケタちがいだったら、分身だってケタちがいよ。おめえほどの魔術師だあ、分かるだろう?」
ルートヴァンが、顔をゆがめた。
まったくもって、その通りだ。
(ま……まずいぞ……!!)
ルートヴァン、自ら造ってみて分かったが、リースヴィルを造るのに、相当量の魔力を有した。自分と同等の魔力を有する分体を造るのは可能だが、大変に効率が悪い。おそらく、これまで魔力で分体を作る法が確立しなかったのは、それが原因だろう。
(そ、それが、魔王が好きなだけ魔力をつぎこんで造った分体だというのか……!! し、しかも、特殊なシンバルベリルに、それを閉じこめていた……!?)
とにかく、様々なことが未知の現象過ぎて、相手の力や展開が読めない。




