第12章「げんそう」 7-12 ゾールンの使徒
その魔力の塊の内側で、偽「冬の日の幻想」だった純白のシンバルベリルが浮遊し、ノコォノスガンマナを中心に衛星めいて一定の速度で回っていた。
ルートヴァンとオネランノタルが着地し、フローゼも駆け寄ってノコォノスガンマナを中心に三角に囲った。
「言葉は分かるのか?」
ルートヴァンが珍しいエルフをよく観察しつつ、語りかけた。
「もちろん、わかる」
ルートヴァンを見もしないノコォノスガンマナが、ぶっきらぼうに答えた。そもそも、ムーサルクはチィコーザ語を話していた。
「言語調整魔術くらいは、使えるようだな」
「おまえたちは、なぜ我輩の邪魔をする」
声はメゾソプラノで、確かに女性っぽい。しかし、物云いが古臭くてルートヴァンは少しおかしかった。
「知れたこと、貴様が古代の魔王ゾールンの使徒だからだ。異次元魔王様は、およそ1000年ぶりに、かつてタケマ=ミヅカ様が行ったこの世を支える魔王の全てを倒し、この世界を再構築して滅亡から救う救世を行っておられるのだ」
「たわけ。その救世を行っているのは、偉大なるゾォルの神……第九天限竜魔皇神さまだ」
それにはルートヴァン、やや語気を強めて、
「封印されている身で、なにをどうやって世界を再構築するというのだ!」
「だから、封印を解かねばならんのだ! 少なくとも、ガナンの地よりここへ戻らねばならん……!」
「ほう……なぜだ?」
「ミ・ラル・シャとやらが、ゾォルの神の九限封の1つを、ガナンの奥地へずらしてしまったからだ!」
「偉大なる大魔神メシャルナー様……大暗黒神バーレナードビュラーヴァル様にしてタケミナカトル大明神様の御力により、ふざけた古き魔神は滅び去る運命よ」
「そのタケマ=ミヅカとて、偉大なる神ゾォルは倒せなかったのだ。イジゲン魔王などという馬の骨に、たいそうなことができるとは思えぬ」
「フ……互いに、話は通じないというのが分かったようだな」
「やかましいわ」
白シンバルベリルの回る速度が、次第に増した。
「来るよ、大公!」
オネランノタルが蝙蝠翼をひろげ、空中に飛んだ。
ルートヴァンが杖を構え、フローゼも焔刀を抜いた。魔力阻害装置は、いまさっき最大出力をぶちかましたので、10分ほどは使えない。
白シンバルベリルが高速回転し、白い環のようになった。
魔力が、噴きあがった。
ノコォノスガンマナが、また、あの高速で地面を踏み鳴らす不思議な踊りを踊った。脚だけが残像が見えるほど速く動き、腰を曲げて両手を翼のように伸ばした上半身は動かない。
「呪いだ!」
オネランノタルが叫び、術が発動する前に潰そうと、大魔力から大エネルギーを直接引き出し、瞬時に大電力へ変換するや数千億ボルトに至る凄まじい威力の電撃を叩きつけた。
と、こちらもほぼ同時に、高速回転していた白シンバルベリルの環が広がり、電撃をすべて受け止めて吸収した。
「げえっ」
オネランノタルが、触手の先の四ツ目をそれぞれ丸くする。
ルートヴァンが試しに数百本に至るダーツみたいな小型の魔法の矢を同時に発生させ、四方八方から打ちつけてみた。小型と云っても、1本で人の手足を余裕で引きちぎるし、当たり所によっては殺せる。
またも白シンバルベリルが高速回転のまま縦方向にも回り、残像が球体のような軌跡を描いた。地面も抉って、完全に360°を防御し、ルートヴァンの魔法の矢を全て弾き飛ばす。
すかさず刀身より焔を噴き上げたフローゼが右耳構えの大八相から二足で接近し袈裟に切りかかったが、その斬撃を高速回転を止めた白シンバルベリルがぶつかって弾き、止めた。
「……!」
シンバルベリルに特に魔力を帯びた強い衝撃を与えるのは、暴発するリスクが高く禁忌であることはフローゼも知っていたが、そうも云っておられず、続けざまに袈裟から上段から逆袈裟、水平胴切りに至るまで5連撃を切りこみ、その全てが浮遊してぶつかってくるシンバルベリルに止められた。
「シンバルベリル自体を武器として使うとは……我らにはない発想だ」
ルートヴァンが感心した。
「大公、呑気なことを云ってる間に、呪いが発動しちゃうよ!」
強大な呪力により、空間自体がビリビリと揺れてきている。
大規模な空間攻撃を準備しているのは、明白だった。




