第12章「げんそう」 7-9 ムラヴィールリィ
三次元探査によりストラは明かりを必要としないので、真っ暗だった。
しかも、最後の広間には、先客がいた。
宮廷魔術師長のムラヴィールリィだった。
背の高い、いかにも魔術師然とした痩せた老人だった。
イリューリ王が倒れた時、ストラが来るまで王の一命をつないだのが、このムラヴィールリィだ。
王の崩御とともに、この場に来ていた。
冷え切っているこの地下深くで、ムラヴィールリィは薄着の魔術ローブのまま、微かな照明魔術の元で広間の壁際にある祭壇に向かって呪文を唱え、何やら儀式を執り行っていた。
「魔術封印を行使中……それで、私の探査波が及ばなかったと推察」
ギョッとして、ムラヴィールリィが振り返った。
「あ……ま、魔王様……!?」
儀式を中断し、あわててストラの前に片膝をついて礼をした。
「畏れながら申し上げます。いったい、いかような理由で、ここに……」
「この扉の奥に、『冬の日の幻想』があるのですか?」
「え、あ……」
「状況を確認するだけです。私は、当該魔術的機構を破壊する意思及び意図はありません」
「あ……ハハッ」
ムラヴィールリィがやや安心し、
「さ、左様に御座りまする。まさかとは思いまするが、偽ムーサルクめにここを荒らされては、魔王ゾールンめの封印に影響が……」
「なるほど」
「ま、魔王様におかれましては、何卒……この宝珠を御護り頂けますよう……切に……切に御願い申し上げ奉りまする……!」
「いいよ」
ムラヴィールリィが、思わず緊張で汗だくの顔をあげた。
その額に、ストラがひたりと右手の人差し指をつけた。
「……!」
ストラはそのまま半眼無表情で、
「よく聴け」
「ぁぅ……ぁ、あ、ハ……」
「偽ムーサルクは、魔王ゾールンの手の者だ」
「え……!!!!」
「我が手の者がまず向かっているが、敵魔王が干渉してくれば、私が出る。だが、この封印が生きている以上、間接的対応となり、攻撃も限定される。従って、王都に被害はあまり及ぶまい」
「ハッ……!」
「地上では、月の塔家のレクサーン親王が兵をあげ、王宮を占拠した」
「え……ええッ!?」
「だが、レクサーン親王は、偽ムーサルクなど信じておらず、新王としてこの場所を死守するつもりだ」
「な、なんと……」
それを聞き、ムラヴィールリィが心底安堵した。
「第1王子の子や、第3王子では、偽ムーサルクに勝てまいと判断した模様。その判断を、尊重せよ」
「ハッ……それが、我が国のならわしにて……」
「わかったよ」
ストラが知的原住生物支配モードから元のモードに戻り、
「では、私は偽ムーサルクのいるシャスターに向かいます。よろしく」
云うが、闇の中に音もなく消えた。
話をしても白息すら出ず、瞬きもせず、防寒着も着ていない不思議な薄手の服のままのストラを見送り、今更ながら、ムラヴィールリィはガタガタと震えだした。
さらにそのころ。
シャスターから大きな飛竜で脱出したホーランコル達は、夜明けとともにいったん森林地帯の合間の荒野に降り立った。
このまま王都に行っても、この大きな飛竜では迎撃されかねないからだ。
「少し、休みましょうか」
装備もすべて置いてきたので、このままでは凍死か餓死が確実だが、そこはどうとでもなる。
まずは、巨大飛竜を野に放った。
食べ物も水もなかったが、生きて脱出できたことを確かめ合う。
そんな3人の上空を、凄まじい速度と規模で魔力の塊が西から東に向かって飛んだ。
ホーランコルには分からなかったが、キレットとネルベェーンにしてみれば、低空を超音速でジェット戦闘機が飛んで行ったような魔力衝撃を受けた。
「な、なんだッ……!?」
ネルベェーンが身をすくめて、魔力が飛び去った方向を凝視した。
「転送魔術じゃないか?」
キレットがそう云い、ホーランコルも東の方角を見やった。




