第12章「げんそう」 7-7 通行止め
フューヴァは建物の陰に向かってそう云い放ち、アーリャンカを伴って建物に入った。
「鍵をかけろ! それから、この子を手当てしてやってくれ!」
使用人に云い放ち、女官も走ってくる。
「開けろ、開けろ!」
「ぶち破れ! 逃がすな!」
「掛矢かなにかをもってこい! 急げ!!」
兵士らが、玄関前に群がる。
「待ちなあ」
そんな声がし、兵士らの前に建物の陰からのっそりと何者かが現れた。
ピオラだ。
「うおぉ……!」
30人の兵士らに響動めきがおき、いっせいに後退った。無理もない。王宮に、こんなバケモノがいるなんて、まったく聴いていない。
慎重2メートル半ほどもある筋骨隆々、豊満極まる大女で、しかも兵士たちですら冬の防寒装備なのに、どう見てもはちきれんばかりの肢体を竜革のビキニみたいな、この世界の人間にしてみれば常軌を逸する衣服に押しこめているだけで、ほぼ全裸だ。雪男みたいな大きな足も、真冬に裸足だった。その素肌は雪原めいて真っ白であり、漆黒の美しい長髪に、ゴツゴツとした岩みたいな短角が5本も覗いている。同じく、竜革(の、ように見える)真っ黒いマントが対照的で、太い鎖を身体に巻きつけていた。マントの背部が一部異様に盛り上がっており、どう見ても人間を一撃で叩き潰す巨大な武器を鎖で結びつけ、背負っているのが分かった。
そのピオラが巨大な胸の下で腕を組み、北方の澄んだ泉のような眼で、兵士どもを見下ろした。
「ここは、通れねえぞお」
ピオラにもルートヴァンの強力な言語調整魔術がかけられており、人間やエルフには発音不可能で複雑怪奇なトライレン・トロールの言葉も、2秒ほど遅れてチィコーザ語となって兵たちの脳に届く。
「この怪物めが、何を云うか!!」
と、意気ごんで剣先を突きつけた兵士は、1人だけだった。
残りはたちまち、
「他に回れえ!」
「ここは、通れねえってよお!」
「御助けえ……!」
と、逃げ出してしまった。
「あ、あれ……え、えっ……あ、ま、待ってくれえ!」
意気ごんだ1人も、脱兎のごとく後に続いた。
「フン!」
ピオラはそのまま仁王立ちで腕を組み、客室棟の玄関の守備に入った。
第1王子邸、第3王子邸の制圧を確認した月の塔家騎士団長ヴェデルラーエルは、自らも騎士や兵を引き連れ、王城に向かった。王城では城の正門前で第1騎士団「王冠」及び第2騎士団「白百合」の激しい抵抗を受けていた。これは、レクサーンが王の遺骸と王冠の引き渡しを求めたためである。また、王城の正門を攻撃したので、城詰めの第2騎士団も第1騎士団の麾下の元に対応した。
「……白百合城は、親王殿下が王として御入りになる城だ。なるべく傷つけるな!」
ヴェデルラーエルはそう厳命したが、現場は、そうも云っておられないほどの頑強な抵抗を受けていた。
だが、各王子邸の制圧が思ったより容易に済んだのもあり、ほぼ全軍を動かすことができた。
そうなると、親王軍が数で勝る。
「都に、使者は出たのか」
「ハ、親王殿下から、既に!」
「動きは?」
「ありませぬ!」
第3騎士団はレクサーンに味方したと判断したヴェデルラーエル、ほぼ全軍を王城に集め、素早く取り囲んだ。
そうなれば、城はあちこちに勝手口や裏門、勝手門がある。
また、「血の白昼夢事件」以来百数十年ぶりの王宮内での戦闘であり、その間に城は何度も改築され、プランタンタン達のいる客室棟のように付け足された場所もあった。
そういう部分は、防御力が格段に落ちる。
客室棟の玄関こそピオラが仁王立ちにしているが、十数人ほどの兵しか護衛についていなかった、使用人の使う小さな勝手門の1つが早々に破られ、侵入した兵士が近くの門を内側から襲う。
4つの裏手の小門が開けられ、そこから続々と城内に月の塔家親王軍が入った。
「裏手が破られました!!」
城内で戦闘の指揮をしていた第1騎士団長ドセーフリィの元に、伝令が走ってきた。
「クリャシャーブ様や、スヴャーベル様は?」
「分かりませんが、おそらく……!」
ドセーフリィは、大きく息を吸って目をつむった。
内務大臣を含め、イリューリに仕えていた諸侯が、次々にドセーフリィの肩を叩いてねぎらった。




