第12章「げんそう」 7-6 保護
「妃殿下、殿下が如何されましたか……!」
木箱の前でナーディルを見上げ、家宰が声を張り上げた。
「殿下!」
と……。
「急げ、王子と思わしきものを討ち取ったぞ!」
「こっちだ!」
月の塔家の兵士が集まって来て、容赦なくクリャシャーブの遺骸を引きずり、地面へ転がした。
「殿下アアアーーーッ!!」
「何者だ!」
低い位置の窓から半身を出すナーディルに、兵士が剣を突き付けた。
「殿下、殿下!! 殿下ああああ!!」
這いつくばったまま半狂乱になって叫び、窓から出ようとしたが、その足を家宰が抑えていた。
「危のう御座りまする、妃殿下、こちらに……!!」
そのナーディルが、動かなくなる。
「……ひ……で、でん……か……」
家宰に引きずられ、ずるりとナーディルが身を乗り出していた窓から納戸に落ちてきた。
その首が無く、鮮血が吹き出ている。
「……あぅ……あ……」
家宰が腰から砕け、茫然自失となって納戸の床に崩れた。
その目の前に、木箱の上に横たわった首の無いナーディル妃が、転がり落ちた。
「何の騒ぎでやんす?」
城の使用人が持ってきた朝食を食べていると、にわかに騒ぎ声が聞こえてきたので、プランタンタンとフューヴァが窓に近寄った。
その窓の外で、誰かが地面に座りこみ、懸命に手を上げて何か叫んでいた。
「この寒いのに、何やってるんでやんす?」
王城の客室は1階だったが、基礎が高いので、窓から見下ろす格好だった。
「子供じゃねえか、マジでなにやってんだ!?」
フューヴァが窓を開けようとしたが、開け方が分からなかった。防寒用の二重窓だった。
「めんどくせえ、ちょっと、出て来るぜ」
フューヴァが上着を着こみ、部屋から出た。
(出入り口はどっちだ?)
廊下をどっちに行けば外に出られるのか分からず、使用人に聞いて近くの客室棟の玄関口に走った。
「さむッ……」
大きなドアを開け、朝の寒さに震えると、すぐに王城に殺到する月の塔家の軍勢の声や王城を護る兵と戦う音が聴こえてきた。
(オネランノタルが云ってたヤツか!? ホントに叛乱が起きたってのか……!?)
フューヴァはにわかに緊張し、急いで先ほどの子供がいた場所に走った。
「おい、大丈夫か、誰なんだ!?」
まだルートヴァンがかけた言語調整魔法が効いており、フューヴァの言葉はアーリャンカにも理解できた。
「御助けくだされ! 御助け……!!」
「ケガしてるじゃねえか、部屋に来い、立てるか!?」
アーリャンカ達は、王城を目指して走っている最中に月の塔家の騎士の1人に見つかり、騎馬の追撃を受けていた。真っ先に護衛の兵士が斬り殺され、騎士は馬から降りるとイヴェール王子を後ろから抱き上げ、誘拐した。
アーリャンカは果敢にも騎士にとりついたが、剣を持ったままの右手で殴り倒され、振り回された剣先で腕を斬られた。騎士が本気であれば、それで死んでいただろう。
騎士は泣き叫ぶ王子を抱えたまま、前足の膝をつかせた軍馬に飛び乗り、走り去った。
アーリャンカは泣きながら、なんとか王城まで辿り着いたのだった。
「弟が……弟が……!!」
「弟!? どこにいやがるんだ!?」
「連れ去られました……!」
フューヴァは舌を打ち、
「アタシらじゃどうにもならねえ! まず、部屋に来い! 手当してやるぜ! 弟は、城のヤツに頼んでやっからよ!」
「…………」
アーリャンカがぐったりと項垂れ、フューヴァに支えられて立ち上がった。
「おい、あそこにいたぞ!」
「逃亡した姫じゃないのか!?」
「待て!」
その時、そんな声がして、歩兵が殺到してくるのが見えた。フューヴァは急いでアーリャンカを連れ、玄関に走った。
「おい、頼んだぜ!」




