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第12章「げんそう」 7-5 第3王子邸襲撃

 「どこの兵ですか? 演習でしょうか?」

 眉をひそめ、白息を吐きながらアーリャンカが壮年の護衛兵に訪ねた、

 「姫様、殿下、こちらに! 念のため、おじいさまのもとへ!」

 護衛兵にいざなわれたが、

 「父上が!」

 「殿下であれば、大丈夫です! お早く!」


 アーリャンカがイヴェールの手を引き、邸を振り返りつつ、小走りに王城へ急いだ。


 そのクリャシャーブ邸では、クリャシャーブが妻のナーディルと共に仮眠していたところだった。というのも、深夜に王の崩御が極秘裏に伝えられのだが、明け方になっても何の発表もなく、王城に出した使者も追い返されていたので、いったん仮眠したのだ。


 それが、いきなり、

 「で、殿下! 殿下! 一大事にて!!」

 寝室のドアがけたたましく叩かれ、クリャシャーブは飛び起きた。

 「一大事なのは知っているぞ! 父上が……」

 「謀反です!」

 「はあ?」

 「兵が……何者かの兵が王宮に!」  

 「寝ぼけているのか、おまえは……」


 と、いう間にも、第3位王子家に常駐している200名程度の騎士や軍団が着の身着のまま武器だけ持って慌てて交戦し、懸命に抵抗している物音が響いてきた。


 それに至り、ようやくクリャシャーブも事態を飲みこむ。

 「……なんだと……どうして……どこの軍勢だ!! 兄上の兵ではあるまいな!!」


 この時点で、クリャシャーブにマルフレードが死んだことは伝わっていなかったので、王の崩御と共に兄が自分を制圧しに来たと思った。


 が、制圧は同じだが、相手が違った。

 「つ、月の塔家の旗印が!!」

 「月の……?」

 クリャシャーブ、まったく意味が分からなかった。

 「レクサーン殿が……? どうして……!?」

 「殿下、速く御逃げに!!」

 家宰が喚き散らし、29歳のナーディル妃も急いで寝巻に厚いコートを着こみ、

 「殿下、急いでください 王城に参りましょう!」

 と、夫より早く動き出す。

 そこで、クリャシャーブは息をのんだ。

 「ア……アーリャンカとイヴェールはどうしている!!」

 「あ、朝の散歩中にて……」

 顔をゆがめて、家宰が答えた。

 「……探せ、探せ探せ探せええーーーッ!! 保護しろおおおおーーーッッ!!」


 「殿下、アーリャンカは聡明な子、異変を察知し、イヴェールを連れて、王城に逃げていることでしょう!」


 ナーディルが険しい表情でそう言い、なんとか夫を動かそうとした。

 「あぐ、あぐぅあ、あぎぃい……」


 クリャシャーブは何を云っているか分からない声を発し、腰が抜けてしまっていたが、なんとか毛皮のコートを着こんで、這うようにして妻や家宰と共に部屋から出た。


 だが、表玄関はだめだ。玄関前で、警備兵と敵の軍勢が戦っている。しかも、相当に分が悪い。


 「裏手へ!」

 「裏手にも敵兵が……!」

 額に血染めの布を巻いた兵が、そう叫びながらヨタヨタしながら駆けてきた。

 「どこか、脱出できるところはないのか!?」


 まさか王宮が攻めこまれるなど想定もしていないので、クリャシャーブ邸にも脱出用の隠し通路等は無かった。正面玄関も勝手口も抑えられているのであれば、


 「窓を開けよ!」


 大貴族ヴャトーヴィル公爵家の娘であるリェリール妃と違い、ナーディル妃は国衆であるド田舎の某子爵家の出で、それほど実家の身分が高いわけではなかった。むしろ玉の輿であり、クリャシャーブが見染めて、かなりの身分違いだったのを無理に王より許可をもらったほどだ。


 つまり、窓から逃げる・・・・・・という庶民のような発想と実行力を備えていた。


 兵がいないのを確認し、邸の裏手の納戸みたいな半地下の物置部屋から、地上すれすれの窓を開けて脱出する。納戸では木箱を重ねて、窓まで登った。


 「さあ、殿下、御早く!」


 妻にせかされ、クリャシャーブが命からがら、ヒィヒィ云いながらまず脱出した。


 「ナーディル、おまえも早……!」 

 振り返って妻に手を伸ばしたクリャシャーブが、そのまま前のめりに倒れた。

 異変に気付いたナーディル、

 「……殿下……殿下!!」


 懸命に呼びかける。しかし、クリャシャーブは苦悶の表情のまま地面に横たわって動かなかった。それもそのはず、その背中に矢が3本も突き刺さっている。

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