第12章「げんそう」 7-4 第1王子邸制圧
だが、王宮内で邸が囲まれては、逃げる場所などどこにもない。王城内であれば、古代の隠し通路もあろうが……残念ながら、この邸と周辺施設はマルフレードのためにイリューリ王が新築したものであり、王宮内での非常脱出口は、せいぜい裏口程度であった。王宮がここまで攻められるなど、想定していない。
当然、その裏口も兵士によって抑えられている。
「兄上、裏手にも兵が!」
血気盛んなガールクが、既に裏手を確認して来て、そう叫んだ。
「おのれ……!」
震えながら歯ぎしりするスヴャーベルを、不安そうにリェリール妃と、生まれたばかりのナーリー姫を抱いた女官が見つめている。なお、マルフレードの妻で王子たちの母親であるイヴァーリは、夫の戦士の報を受けて寝こんでいた。
(このような状況……降伏するしかないが、身内による謀反だとすると降伏したところで助かるまい……!)
それが、スヴャーベルの結論だった。最期まで認識や考えが甘く、言動や行動が幼稚だった父王子に比べると、まだスヴャーベルは王の器であった。平時であれば、宗家もマルフレードからスヴャーベルに王位が引き継がれていたであろう。
(こうなれば、生まれたのが姫であったのが不幸中の幸いか……リェリールと、ナーリーだけでも……)
そう思って悲壮な表情を妻に向けたとたん、厚い玄関ドアの破られる音がし、邸内に兵がドッと押し入った。
「時間を稼げ! 降伏の勧告はないのか!?」
スヴャーベルの言葉に、家宰が、
「ありませぬ!」
「月の塔が!! 裏切者め! 王冠どもは、何をやっているのだ!!」
「兵が、王城にも向かっている模様にて!」
「……!」
万事休す。
スヴャーベルが、弟王子に自らの短剣を渡した。
「殿下……!」
「せめてリェリールとナーリーを、助けていただけるよう、レクサーン殿を説得せよ」
家宰にそう命じるや、スヴャーベルは壁の剣かけにある宝剣を手にし、一気に抜き払って胸に剣先を当て、そのまま勢いよく床に倒れ伏した。
リェリール妃や女官たちが目を背ける間もなく王子の身体を剣が貫き、鮮血が床を染める。
「兄上!!」
云うが、ガールクが短剣で自らの喉を半分以上も切り裂き、滝のように血を吹き出して絶命、倒れ伏した。
女官が何人も気絶し、赤ん坊の姫を抱いた女官も倒れかけたが、使用人に支えられた。リェリールが姫を受け取ったとき、
「……いったい、これは何事です……」
夫の戦死に接し深夜から熱を出して臥せっていたイヴァーリ妃が、あまりの騒動に寝巻のまま女官を引き連れて現れた。が、息子たちの血まみれの遺体を見た瞬間、衝動的に自らも壁にかけられた短剣を取り、無言で胸を刺した。
「妃殿下……!」
使用人らが、ガックリと膝をついた。
この時点で、マルフレード王子家の事実上の当主は、2年前に大貴族ヴャートヴィル公爵家より嫁いできた19歳のリェリールとなった。
「も、申しわけありませぬ、て、敵が、もう……!!」
懸命に回廊で月の塔家の軍勢を押しとどめていた兵士らが、押されて広間まで後退した。
そのまま、先兵が広間に雪崩れこんだ。
「無礼者! マルフレード王子邸と知っての狼藉か!!」
姫を抱いたままのリェリールが、これまで誰も聞いたことのないような音声で兵士をどやしつけた。
ナーリー姫が泣き出し、王子らの遺体を確認した兵士が、剣を持ったまま制止する。
「レクサーン・チィカール親王殿下の命により、現宗家はその役目を終えることと相成りました」
軽鎧に厚着の騎士隊長が兵の後ろから現れ、剣を抜き身のまま直立し威を正してそう答えた。
「親王殿下に、生まれたばかりの姫だけは御助けいただけるよう、御伝え頂きたい」
「畏まりまして御座ります。妃殿下と姫殿下におかれましては、ヴャートヴィル公の庇護の元に置かれることとなりましょう」
皆殺しにしろという命令だったが、流石に新生児の姫まで殺すのは、騎士として納得ゆかなかった。
同じころ、兄王子邸より1キロほど離れた、森の陰にあるクリャシャーブ邸にも、騎馬と兵士が殺到していた。
こちらは、幸いなことにアーリャンカ姫とイヴェール弟王子は日課である朝の散歩中で、護衛の兵士を連れて外出し、王城の近くの小道を歩いていた。
「あれは……」
護衛の兵が、目ざとく異変を察知した。




