第12章「げんそう」 7-2 レクサーン親王
「それが、余計な事だというのだ!」
そこでストラが軽く手を上げ、ルートヴァンが人形みたいに直立で黙った。
(あきれた人ねえ……ストラさんに入れあげすぎでしょ……)
フローゼが、そう眉をひそめる。
「城の下深くにある、真の『冬の日の幻想』を探査しておりましたが、何らかの魔術的機構で隠されており、状態を確認できません。敵の第1目標がそれである以上、現状を目視で確認してから、すぐに追いつきます」
「仰せのままに……!」
ルートヴァンが即座に礼をしてそう云い放ち、
「じゃあ、まず我らで出発だ! オネランノタル殿!」
ルートヴァンが愛用の白木の杖を振り上げ、
「いいよ!」
一同が表に出て、オネランノタルが転送を発動させた。
王宮の敷地より、一条の大きな流星が東に向かって飛んだ。
現在、5家ある王位継承権を有するチィカール家で、月の塔家のレクサーン親王が最も実力のある宮家筆頭当主であった。34歳になる。
また武芸に優れ、聡明で人望もあり、今この王国の危機に対応できるのは、常識的に考えてレクサーンをおいて他になかった。
しかし無用な王位相続の混乱を避けるため、宗家の跡取りがいない場合に限り、5家から相応しい者が王位を継ぐ。
のだが、こういう世界のこの時代であるから、この「いない」の定義があやふやで、本当にいないのか、事実上いないのか、その辺が適当だった。
レクサーンの考えでは、偉大なるイリューリ王の跡取りたち……マルフレード王子とその子スヴァーベルとガールク、クリャシャーブ王子とその子アーリャンカとイヴェールはみな愚物、凡庸、あるいは年少であり、平時ならまだしも、偽ムーサルクの叛乱による王国の危機、ヴィヒヴァルンの新魔王奉戴による帝国の危機にあり、
「いないも同然」
で、あった。
そのような野心と実力を備えた若き親王が、偽ムーサルクなどという怪しい輩を当初から信じているわけがなく、云うことを聞いているふりをして、
「この機に、再び月の塔家が宗家となる。他の分家にも根回ししておけ。これは天の采配と心得よ。他の当主は、みな年寄り、病人、あるいは年端も行かない若殿だ」
その通りで、かつて現宗家を出した東宮家の当主は68歳、白鳥家は逆に前当主が若くして亡くなったばかりで11歳、雪の谷家は27歳ながら病弱でよく臥せっており役に立たず、南平原家は31歳ながらレクサーンの弟が婿養子に入っており、むしろ率先してレクサーンに協力している。
「草の報告によると、昨夜、ついに王が崩御あそばされたようだ。加えてマルフレード殿下は討ち死にし、クリャシャーブ殿下ではこの事態に太刀打ちできまい。このままでは、帝国創成期より続く我が国は、偽ムーサルクなどという馬の骨に乗っ取られよう。有難いことに、偽ムーサルクより指示があり、すぐにでも王宮を攻めろとのことだ。このまま一気に王宮を押さえ、余が新王となる!!」
既に密かに兵を集め、南平原家と合わせて15,000にもおよぶ。これだけの兵力を密かに王都の宮家邸宅に集結させていた手腕も然る事ながら、イリューリにいっさい気づかせなかったのも褒めてしかるべきだろう。能ある鷹は爪を隠すというが、それを地で行っている傑物であった。
「おお応うう!!」
冬の朝に、親王が兵士、宮家の騎士団、将軍らを前にそう訓示し、皆が応えた、
「メシャルナー様の名のもとに、偉大なるイリューリ王に哀悼の意を表する!」
レクサーンがそう云い、短く祈りを捧げた。兵らも一斉に沈黙し、瞑目した。この非情なる叛乱をもって王国を護り、イリューリ王への忠節とする。
「刮目せよ!」
兵らが、ギラリと光をたたえた眼を開ける。
「かかれ!」
偽ムーサルクより極秘裏に接触が来て以降、何度も入念に重ねた作戦通りに、一気に兵が動いた。
高兵に囲まれた月の塔家邸の門が開き、密かに国元で訓練を重ねた騎士と兵が雪崩出る。
小雪のチラつく早朝の王都は、にわかに騒然となった。
まるで、226事件のようだった。
完全武装の騎士や軍団が王都の通りを駆け抜け、王宮を目指す光景に、誰もが抜き打ち訓練か何かと思った。
「……月の塔の旗印じゃないか?」
目ざとく、宮家の軍旗を見やった市民がそうつぶやいたが、
「なにやってんだ?」
まさか、叛乱とは露とも思わなかったし、またレクサーンも都民への攻撃は厳禁していた。むしろ、攻撃する意味も理由もない。
「何の音だ?」




