第12章「げんそう」 6-13 脱出
その夜、さっそくキレットが再び魔力通話でルートヴァンに連絡を取った。
「ちょうど良かった。連絡をとろうと思っていた」
「左様で御座りますか」
「そちらの状況は?」
「ハ、3日後に、王都に向けて出陣するとのことで御座りまする」
「なるほどな。兵の負担など、考えてもいない。己の目的だけが全てだ」
「と、云いますると……」
「偽ムーサルクめ、王位など端からどうでもよく、チィコーザ宮中において代々護られている、真の『冬の日の幻想』を奪取し、破壊することが目的と思われる」
「そ、それはまた、何故で御座りましょう?」
「かつてメシャルナー様が用意されたその宝珠こそが、古代の魔王ゾールンの封印に関わる鍵とのことだ。それを破壊し、ゾールンめ、封印を少しでも解きたいのだろう」
「なんと……!!」
「従って、イリューリ王の……ほぼ遺言で、今回の偽ムーサルク騒動、魔王に関係する事案として受け取った。明日にでも、僕やフローゼ、オネランノタルが偽ムーサルクに対決を挑む」
「なんですって!!」
キレットとネルベェーンが、驚いて眼をむいた。
「え、しかし、魔王様は!?」
「相手は魔王ではない。聖下は動かん。もっとも、魔王ゾールンがたとえ魔力だけでも出てきたら、聖下の出番となろうが……それまでは、僕らが相手よ。魔王の手下同士な」
「それは……」
「出陣前に、こちらが奇襲する格好となる。お前たちは、我らの奇襲と同時に撤退しろ。巻き添えを食うぞ」
「畏まりまして御座りまする!」
「いや、待て……やはり、この通信が終わり次第、脱出しろ」
「何故で御座ります?」
「これまで、泳がされていた可能性がある。内容は別にして、この程度の魔力通信を捕らえられないやつではないだろう」
「確かに……」
「気をつけろよ。敵がその、魔神としてのゾールンを信奉する強力な現地のエルフだとすれば、同じ南部大陸人のお前たちに目を付けていないはずがない。お前たちにすら気づかれずに、監視されていると考えて行動せよ」
「……畏まりました」
通話を終え、キレットとネルベェーンの表情が、にわかに引き締まった。
すぐにホーランコルに今のルートヴァンの言葉を説明し、ホーランコルもうなずいた。
「流石、殿下……云われてみれば、おかしい。いざとなれば我らを人質に取ろうと、泳がしていたのかもしれません!」
「傭兵らを洗脳しなかったのは、このため、と?」
ネルベェーンが、そう、低い声を出した。
「あくまで推測ですが、我らまで洗脳してしまっては、すぐにも殿下たちの介入を招いてしまう。かと云って、我ら以外の傭兵だけ洗脳しては、我らに怪しまれる……」
「芸が細かいですね」
ホーランコルの説明に、そうキレットがうなずいて、珍しくネルベェーンが顔を苦々しくゆがめ、
「エルフにしては、狡猾なやつ!」
と、感情をあらわにした。
「話していても、時間が経つだけ。このまま、出陣の準備をするフリをして脱出しましょう」
ホーランコルの言葉に、キレットとネルベェーンがうなずいた。
さっそく、いかにも仲間内の打ち合わせが終わったように何気なく3人で部屋を出て、そのまま無言で通路を進む。ホーランコルとネルベェーンは、小荷物はそれぞれ自分の部屋にあるが、取りに行っている間はない。傭兵たちの宿舎としてあてがわれている棟では、深夜近くでもみな起きて出歩いており、武器庫から手入れ道具をとってきたり、また糧食等の準備に倉庫や食堂に行ったりしている。
それらにまぎれ、まっすぐ外に出た。倉庫は邸内の離れたところにあるので、そこに行くと見せかけて、そのまま夜陰に紛れて脱出する。
ところが……。
「どうした? 3人とも」
見知った声に、ギョッとして3人が凍りついた。
「で……殿下……!!」
なんと、暗がりより現れたのは、ムーサルク本人ではないか!!
「い、いえ、物品倉庫に、物を取りに」
ホーランコルが、何気なくそう答えた。
「そうか。倉庫は、向こうだが?」
「あ……ああ、暗くて、方向を間違えました。行こう、2人とも」
ホーランコルが、キレットとネルベェーンをそういざなった。




