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第12章「げんそう」 6-12 鬼の居ぬ間に

 宮廷魔術師たちは、我々で云う通信兵の役割も担っており、この非常時にあちこちへ伝達魔法を飛ばしていた。


 それに紛れて、王都の月の塔家屋敷に王が倒れたことを伝え、そこから偽ムーサルクに情報が伝わった。


 王が倒れてから2時間と経たないうちに、もうムーサルクが非常招集をかけた。

 夕食中だったホーランコルとウィーガーも、急ぎ軍議に参集する。

 「なんでしょう」

 歩きながら、ホーランコルが尋ねた。

 「さあな」

 2人とも、もし王都に攻め上るのであれば、常識的に考えて春だと信じていた。

 「雪の進軍・・・・なんぞ、ろくなことにならん」


 それは、軍務を少しでも経験したことがあるなら、当然の話だ。特に、攻めるほうが。


 「だが、この国では湿地帯や湖、川が凍る季節に攻める冬の戦法があるというぞ」


 ウィーガーの言葉に、ホーランコルが仰天した。

 「本当ですか」

 「機を逃さず、王都に攻め上るかもしれん」


 確かに……王軍の主力を打ち破った矢先に攻めこまなくては、迎撃の態勢を整えられる可能性もある。


 しかし、事態は2人の想像を超えていた。

 「月の塔家からの報告によると、偽王めが倒れたらしい」

 「なんですと!!」

 「あのイリューリ王が!!」


 ゴドゥノやジェストルらが、流石に驚愕した。同じく軍議の席に座るウィーガーと、部屋を護衛するためドア付近に立つホーランコルも目を丸くした。


 「殿下! 鬼の居ぬ間に、ですぞ!」


 「左様、今すぐにでも討伐軍を打ち破り、第1王子とアーレンス公爵を討ち取ったことを喧伝し、王都に攻め上りましょうぞ!」


 「もちろんだ」

 ムーサルクが、力強くうなずいた

 「3日後、王都に向けて出発する。各部隊とも、準備を整えておけ」

 「畏まりまして御座りまする!」


 ゴドゥノらはそれ以外に答える口が無いが、今のところ、ウィーガーら傭兵部隊は「冬の日の幻想」(ただし、偽物)の魔力に(どういうわけか)捕らわれていない。


 「殿下、主力を打ち破ったとて、王都にはまだ第1から第3までの騎士団とその軍団がおり、兵力は1万ほどにもなりましょう。それぞれ王、王宮、王都守護の精強軍団……籠城されれば、苦戦は免れませんが……また、あのような大規模な魔術を御使いに?」


 ウィーガーの質問に、ムーサルク、

 「もちろんだ」

 「王都で!?」

 「大丈夫だ、最後の手段だ。それまでには落とす」

 「次は、我らが攻めるほう。落とせましょうや」

 「王都での露払いを命じる。それらが、まず王宮に奇襲をかける」

 「露払い……」


 どこかに、そんな軍勢を隠していたのか? ウィーガーは何も聞いていなかった。


 (それとも、西部にいてまだ合流していないというムーサルク軍か? 数百程度で王都を攻めても、返り討ちになるのでは……)


 ウィーガーの心配は、もっともだった。


 「露払いで、勝とうとは思っておらぬ。しかし、王もおらず、騎士団統括のアーレンス公もいない。第1騎士団は精強とはいえ、王個人を守護するのが主任務。その王がいなくては飾りに等しく、第2第3もそれぞれ役割が違い、普段からバラバラだ。統率者の居ない騎士団など、各個撃破よ」


 云うのは簡単だが……。

 (それがまかり間違って統率された場合は、どうするんだ……?)

 そのウィーガーの考えを見透かしたように、ムーサルクが、

 「その時は、余が再び『冬の日の幻想』を使って見せよう」

 「なるほど」

 そうまで云われれば、それ以上疑義を挟む余地もない。

 「では、各員、準備にかかれ。傭兵部隊は、余の身辺警護を頼んだぞ」

 「ハハッ」


 軍議が終わり、シャスターク伯爵邸とシャスターの街が、にわかに騒がしくなった。


 「傭兵部隊も、増やしたいな。また何人か、消えちまった」

 広間からの帰りしな、ウィーガーがつぶやいた。

 「あの若い傭兵も、脱走したとか」

 「リードルな……女なんぞで、逃げるようには見えなかったが」

 「確かに……」

 何かあったな……と、ホーランコルは看破したが、黙っていた。

 (とにかく、殿下に御報告だ!)

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