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第12章「げんそう」 6-3 第3王子の密書

 「如何されました、陛下……」

 「……!!」

 イリューリが胸を押さえ、呻きながら前のめりに椅子から崩れ落ちた。

 「へ……陛下!! 陛下ああああああーーーーーッ!!!!」

 「薬師くすし!! 薬師を!!」

 「御気を確かに!!」

 「速く!! 魔術師長!」

 皆が一斉に王へ寄り、また宮廷魔術師長がすぐさま回復魔法をかける。


 が……既に記している通り、いかに回復魔法術が確立しているとはいえ、我々のような医学的知識のない世界の住人だ。経験則と当てずっぽうが全てだった。


 それでも、苦しそうに胸を押さえ、苦悶に顔をゆがめているので、心臓に異変が起きたということは理解できる。魔術師長が心臓に神聖魔術に似た波長の回復魔力をとにかく注ぎこみ、心房細動による急性心不全を起こした王は、かろうじて一命をとりとめた。


 だが、もしこれが大動脈解離などであれば、助からなかっただろう。


 担架で運ばれ、寝室に横たえられたイリューリは、苦悶の表情で息も絶え絶えに、


 「ルートヴァンに……イジゲン魔王に知らせを……! いますぐ、余の下に……来てくれるよう……!!」


 そう云い残し、昏睡に入った。



 さて……。


 兄王子が討ち取られ、父王が危篤になったことも知らず、第3王子クリャシャーブは密かにストラやルートヴァンに向けて密書を送っており、返事を気にして、その日も朝からソワソワして過ごしていた。


 「殿下、まだ10日も経っておりませぬ……落ち着きなされませ」

 「そうは云ってもな……兄上が出陣し、そろそろ勝利の報も届くころだろう」


 いくらマルフレードが無能でも、アーレンス公爵もついているし、たかだか数千の賊徒に正規軍43,000が負ける・・・わけがない・・・・・とクリャシャーブも信じていた。


 「しかし、こちらの密書も、そろそろイジゲン魔王に届く頃かと」

 「まだ、そんなものか……!」

 「そうです。ドンと構えておりなされ」

 「おれは、父上とは違うよ……」


 そのクリャシャーブ王子の屋敷の上を、緊急の魔法伝達がすごい速度で西に向かって飛んだ。

 


 ほぼ同じころ。


 第3王子家の家宰の云う通り、ようやくクリャシャーブの密書がルートヴァンの元に届いた。


 ルートヴァンは、面白がって近くの宿にいるシーキを呼びつけ、

 「なんでしょう、殿下」

 「こんなものが届いたぞ」

 「良いのですか? 私が見ても……」

 きれいな帝都語で書かれた密書に、シーキは気絶しそうになった。

 「こ!! こここここ! これ、これこれ、これッ……は……!!」


 「ハハハハハ、さしもの第6騎士団も、第3王子が聖下に帰依したいなどと密かに通じてくるとは、読めなかったか!?」


 「殿下!! 声が大きゅう……!」

 もう、本当にめまい・・・がして、シーキはガックリとそこらの椅子に座りこんだ。


 一行は、まだ街道筋のカリーニの宿場にいた。ランク的には上の下ほどの宿で、そこそこ立派な客室と談話室を兼ねた大きなロビーがある。立派な暖炉があり、非常に暖かい。他にも宿泊客がいたが、ルートヴァン達が長逗留していると気味悪がってあまり泊まらなくなっていた。その分、少し代金に色をつけるのを忘れない。


 ルートヴァンは、そこで王家とムーサルクの動向を把握しつつ、いつどのタイミングで王家にアプローチするのが最適解か、思案していたところだったのだ。


 そこに、第3王子が接触してきたというわけだった。

 「なんだよ、シーキさんよ、大丈夫か?」


 ロビーにはルートヴァンとフューヴァ、プランタンタンとフローゼがいた。ソファに座るフューヴァの膝の上には、猫みたいに丸くなっているオネランノタルがいて、フューヴァに撫でられていた。猫なら可愛いものだが、完全に魔物なのでホテルの人々も不気味がって近づこうとしない。フューヴァはそれが逆にせいせいしていたし、なによりオネランノタルの「人をだめにするクッション」のような手触りが気に入って、撫でるのを止められないでいた。くすぐったがっていたオネランノタルも、慣れたようだ。


 いないのは、部屋で飲んだくれているペートリュー、宿が狭くて入れず、また暖炉の火が暑いので、真っ黒いローブ姿のまま裏手で寝転がっているピオラ、それに、屋根の上で・・・・・延々と日の丸扇子を両手に「妙な動き」をしているストラだ。


 シーキから密書を受け取って目を通したフローゼも流石に驚き、

 「これって、謀反ってこと?」

 「うう……!」


 シーキが、胃を押さえてテーブルに突っ伏した。プランタンタンが、薄緑色の憐れんだ目を向ける。

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