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第12章「げんそう」 6-2 王の怒り

 と……。

 「……った……」

 低く重々しい声がし、みな、その声のほうを向いた。

 イリューリ王である。


 朝議用の椅子に深く腰かけ、打ちひしがれて震えているように見えたが、その震えは怒りによってだった。


 己の認識と、偽ムーサルクに対する怒りだ。

 息を飲んで、諸侯が王の言葉を待った。

 「……甘かったわ……」

 「へ……いか……」

 「余が甘かったわああああああああーーーーーッッ!!」


 イリューリ王、やおら眼をむいて大音声にそう叫ぶや、杖を振り上げ、床を打ちつけて折ってしまった。


 折れた杖先が天井まで跳ね返り、ぶつかってどこかに飛び消えた。


 「マルフレードめに任せたのも甘かった!! 偽ムーサルクめが、そこまで強力な魔法使いを持っていたと認識しなかったのも甘かった!! 軍勢を総動員しなかったのも甘かった!! 何もかも甘かった!! 全て、全て甘かった……!!」


 怒りでブルブルと震え、顔を真っ赤にし、イリューリが荒く息をついた。

 「へ、陛下、御気を御鎮めくだされ……!」

 「御身体に障ります!」


 イリューリ、年相応に身体の調子は万全ではない。我々の医学で云うところの、高血圧、高脂血症、軽度の脳梗塞、軽度の糖尿、心房細動、リウマチ、右膝関節変形症であった。


 荒く息をつき、イリューリ、


 「……偽ムーサルクの陣に潜んでいる穴熊ルルードからは、それほど強力な魔術師がいるなどと報告があったのか!?」


 「いいえ、御座りませぬ!」


 「では、にわかに仲間に加わったのか!? よもや、ヴィヒヴァルンの孫大公めが密かに手を貸していたのではあるまいな!!」


 「イジゲン魔王のそばにいる穴熊ルルードからは、そのような報告はありませぬ!」

 「長距離転送魔術の発動も、確認されておりませぬ!」

 「では、いったい何があったというのだああああああーーーーーッ!!」

 老王の咆哮が、朝議の広間に二度、轟いた。

 一同が震え上がる中、モラーゾル第3騎士団長が、


 「へっ、陛下、生き残りの証言によると、大規模な陣地魔術が行使された際、偽ムーサルクめの陣より、白き光がほとばしったそうで御座ります!」


 「なんだと!?」

 見たこともない王の憤怒の形相と視線に、流石の騎士団長も直立不動になった。

 「陛下! よもや、偽ムーサルクめ、偽宝珠を使いおったのでは……」

 そこまで云って、内務大臣が自分の云った意味を悟って息を飲んだ。

 つまり……。

 「え……まさか……偽ムーサルク本人が……そのような大規模な魔術を……!?」

 霧が晴れるように、事態がつながってくる。


 「き、きゃつめ、不思議な術を使うとは思っていたが、宝珠の力ではなく、ヤツ本人の術か!」


 「陛下、やはり王家の末裔など真っ赤な偽りであることが証明されましたな! どこぞの邪悪な魔術師がムーサルクを名乗り、我が国にいくさを!」


 イリューリが、したり顔でそう云う内務大臣にそれだけで人を殺しそうな視線を向け、大臣が一気に凍りつく。


 「……どこぞの魔術師とは、どこの魔術師だ」

 「ハ……あ、いや、それ……は……!」

 「ヴァルベゲルですら、こんな大それたことはすまい」


 王の云う通りだ。いかにライバル国でここ数代は「犬猿の仲」であるとはいえ、神聖帝国を構成し、皇帝排出権を有する「内王国」同士である。帝国の根幹を崩し、世を混乱させるような真似は、しない。なぜなら、このような極端な方法ではヴィヒヴァルンもダメージを追うからだ。今回の事態はもはや、内政干渉というレベルではない。調略の一種だ。


 「しっ、しかし陛下、ヴィヒヴァルンめは畏れ多くもメシャルナー様を御棄てになり、イジゲン魔王めに帰依を!!」


 「それにしても、やり方・・・というものがある。どのような方法でも、魔王のいぬ土地に魔王が攻め入るは、世界のことわりに反する! ゆえに、ヴィヒヴァルンは魔王を使って・・・、各地の魔王を倒しながら世界を再構築しているのだ!」


 「で、では、いったい……」


 「目的は……目的はなんだ……なんのために、かようにまで……狡猾にして大胆な……」


 イリューリが急に息を荒げ、ダラダラと脂汗を流し始めた。

 「旧宗家の復権……王位奪取など、理由づけにすぎぬ……とすれば……」

 そこで、大きく息を飲み、眼を見開いた。

 「……まさか……まさか、さようなことが……!」

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