第12章「げんそう」 6-1 敗残兵
細い路地に入り、薄く積もる雪に足跡をつけて走って、角を曲がったとたん。
「アッ!」
誰か大きな人物にぶつかって跳ね返り、尻もちをついた。
「す、すみませ……」
もう、恐怖と驚愕で息も止まった。
立っていたのは、宝珠を護る傭兵だった。
(ど……どうして……!!)
声も出ずにガクガクと震え、滝のように涙を流していると、傭兵が眼にもとまらぬ速さでその右手を魔蟲の脚先に変え、座りこむ女給の鎖骨の辺りからまっすぐ心臓を貫いた。
「……」
女給が一撃で絶命し、雪に倒れた。
すぐさま鮮血が湧水のように噴き出て、白い地面を真っ赤に染め、雪を融かした。
傭兵は、何を考えているか分からない完全な無表情で、ややしばし女給の死体を見下ろしていた。
薄雪を融かしながら血が流れ、路地の辻向こうまで流れた。
小雪がちらついてきた。
傭兵がようやく動き出し、女給のコートをまさぐろうとしたとき、
「……おい、いるのか? どうした?」
路地の角の奥から、かなりの威力の魔法の剣を見せながら誰かが話しかけてきたので、傭兵が驚いて下がった。気配も何もなく、さらにはその剣だ。危険を察知した傭兵め、そのままクモのように建物の壁を伝って消えた。
魔物の気配が消え、40がらみの男が角を曲がって路地に入った。
「むぅ……」
路地の奥から薄雪を融かしながら流れる血を発見し、対魔効果+60の魔法の剣をとってかけつけたのは、やはり第6騎士団「穴熊」のメンバーで、シャスターに常駐しており、リードルからの密書を責任をもって王都に送っていた小間物屋のオヤジだった。
オヤジは若い女給の死体を発見すると全てを察し、コートをまさぐった。
そして密書を取り出すと、女給へ一瞥もくれずにその場を後にした。
激しく雪が降ってきて、彼らの足跡や、物云わぬ女給を白く覆いはじめた。
6
討伐軍の壊滅から5日後。
約43,000の軍勢のうち、500ほどが生き残り、命からがら街道を王都バラーヂンに向けて逃げ帰った。
が、補給部隊や輜重隊も壊滅しており、途中の村や町で介抱してくれる場合もあったが、時には脱走兵と間違われたものか、冷たくあしらわれ……中には、略奪や強盗行為に及び、逮捕される兵もいて……無事に王都までたどり着いたのは、100人もいなかった。
残りは、離散するか、寒さと飢えに野垂れ死ぬか、場合によっては野盗や村人に襲われ、殺された。
それでも、100ほどは辿り着いた。
「……御注進、御注進!! だ、誰か、王宮に……!」
「一大事なんだ……!!」
雪が降りしきる中、息も絶え絶えに、兵士らが王都の通りの途中で道を行く人々に声をかける。ほとんどは逃げ去るように離れたが、何人かは駆け寄った。
「どうしました!」
「御注進!! 王宮へ……!」
何人もの敗残兵がうちそろって、凍えるような寒さの王都の通りに倒れ伏す。中には安心したのか、力尽きたのか、そのまま死んでしまう兵もいた。
流石にこれはただ事ではないと、すぐに人が王宮へ走った。
半信半疑の警備兵が出てきて兵らを発見し、転がるように王宮へ戻って報告。王都警護を担う第3騎士団からも人が出て兵たちを収容し、王宮はたちまち蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「いっい、いい一大事に御座りまする!!」
午後も遅く、もう暗くなってくるという時間帯、緊急朝議が開催され、介抱しつつ帰還兵から聞き取った内容を第3騎士団長が取り急ぎ報告した。
「壊滅しただと……!!」
大臣諸侯も驚愕に打ち震えたが、何より怒りと無念と衝撃にうちのめされたのはイリューリ王だった。大臣の1人が目を見開いて、
「ア……アーレンス公……いいや、マルフレード様はどうした!!!!」
「御両名とも……お、御討死……とのことにて……!!」
モラーゾル第3騎士団長が、流石に震える声で絞り出すように答えた。
「已矣哉……!!」
愕然と諸侯が天井を仰ぎ、また蕭条として声もなかった。王の後ろに6人も控える王守護専門の第1騎士団「王冠」の超エリート騎士達ですら、動揺し互いを見合っていた。




