表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
714/1279

第12章「げんそう」 5-20 番人の正体

 丸まった大柄な背中より幾本もの巨大なクモのような、タカアシガニのような、節くれだった長い脚が肉を突き破って出現。折れんばかりに曲がって前を向いている顔面が真ん中より左右に割れ、多数の複眼と巨大な顎牙がくがを有した顔状の器官が現れる。長く太い10本脚が傭兵の身体を持ち上げるや、人間の手足が縮こまって丸まった。


 人間ではないどころか、魔蟲まむしが化けていたとは!!


 (偽ムーサルクめ、こんなヤツに宝珠を護らせていたのか!! 正体が見えたぞ!!)


 この状況でこやつ・・・を倒し、宝珠を奪うのはさすがに酷だった。

 とはいえ、無事に逃げることすら難しそうだが……。

 (深手を負わせ、その隙に逃げるしかない!!)

 ジリジリと間合いを図り、リードル、


 (狙うは、あの顔の部分か……!? いや、人間の部分の胴体ならば、この剣の魔法毒も効果があるだろう!!)


 と判断したが、既に8本もの長い脚によって2メートル以上もある広間の天井付近まで胴体が持ち上がっている。


 足を狙い、傾くか倒れたところを一気に接近して剣を突き立てるしかない。


 魔蟲まむしの動きは思ったより遅く、ゆっくりとリードルを捕らえるべく広間を移動した。リードルは、うまく誘導して位置を入れ替え、宝珠の入っている小箱に近づき、奪おうとも思ったが、


 (む……! 無い! 箱が無いぞ!)

 先ほどまで確かに宝箱のあった棚に、箱は存在していなかった。

 その、リードルの一瞬の意識の向き・・を、魔蟲まむしは見逃さなかった。


 それまでの緩慢、慎重な動きと打って変わって、凄まじい速度及び大胆さでリードルに襲い掛かった。


 リードルも半ば本能か条件反射で身をひるがえし、逆手に持った魔法の短剣を巨大な気配に振りかざした。


 が、魔蟲まむしの牙が、リードルの右手を切断するほうが速かった。

 「グ……!!」

 痛さというより、熱さと魔毒の不快さが勝った。

 リードルは右手を押さえ、一気に廊下に出ようとした。


 薄明りに一瞬、歩が届いたが、長い魔蟲まむしのツルハシのような脚先が、後ろからリードルの骨盤を貫いた。


 そのまま引きずりこまれ、リードルは成すすべなく魔蟲まむしの牙に胸を咬まれ、音を立てて引き裂かれた。


 最後に、いつの間にか傭兵の人間の肉体部分が、両腕でしっかりと宝箱を抱えて護っているのが見えた。


 魔蟲まむしは血だまりの中、しばらくリードルの亡骸をもてあそんでいたが、大きく真っ黒い顎牙がくがの脇から細く鋭い小脚を出すと、既に絶命しているリードルの脳天に突き刺した。


 頭蓋骨を容易く貫いて、リードルの脳から情報を得る。

 魔蟲まむしの複眼が、虹色に光っていた。

 


 翌日、広間は何事もなく片付いて、血液の一滴もこぼれていなかった。大柄な傭兵はその日も無言で宝物箱の前に立ち、宝珠を守護している。


 屋敷に住みこみの若い女給はまったく眠れなかったが、赤い目を押して健気に傭兵たちの朝食の準備や給仕に立ちはたらいていた。宴会の最後の日の翌日であり、傭兵らのほとんどは二日酔いだったが、何人かは朝から食欲旺盛だった。


 「なんだ、彼女が赤い目で働いているのに、リードルのやつはまだ寝ているのか……」


 傭兵の誰かがそう云い、ついホーランコルもその声のほうを向いた。

 若い女給が、ギョッとして硬い表情のまま身を震わせているのが分かり、

 (なんだ……なにか、あったな……)


 と、思った。痴話ゲンカでもしたのか? という誰かの軽口にも若い娘は何も答えず、逃げるように食堂を去った。


 「やれやれ、あの様子じゃリードルのやつ、フラれたな……」

 「違う、ヤリすぎだよ!」

 「どっちにしろ、愛想をつかされやがった……」

 「誰か、起こして来いよ!」

 「ほっとけ! 若い奴ら同士だ。よくあることだよ」

 「そうだな……」

 などと、傭兵たちはすぐに違う話題に終始した。

 (あとで、それとなく聞いてみるか……)

 ホーランコルはそう思ったが、

 (ま……年寄りの、余計なお世話だな)

 かまわないことにした。



 いったん宿舎に戻ってから厚いコートを着こみ、伯爵の屋敷を飛び出した女給はもう涙を止めることもできず、泣きながら小雪の積もる裏路地を走った。白い息を吐きつけ、既にその胸の内の隠しポケットには指示通り預かっていた3種類の密書のうち1番を入れてあった。いつもの場所に向かい、密書を渡して金を受け取ると、そのままシャスターの街を出る。まず近隣の農家の、実家に帰るつもりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ