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第12章「げんそう」 5-19 リードル

 「なあに、どっちにしろ、討伐軍がそのような大敗北では、王家も次の手を打ちようがないだろう。王のほうから、聖下に接触してくるのではないか? その時まで、ムーサルクの行動を逐一伝えよ」


 「畏まりまして御座りまする!!」

 「正体に気づいたと、努々ゆめゆめ気取られるなよ」

 「御安心を!」



 それと、ほぼ同時刻……。


 大宴会からそっと抜け出したのは、若き傭兵にして穴熊ルルードの一員、リードルだ。


 御丁寧に、給仕の若い娘をひっかけて、夜のとばりにこっそり消える。若者が娘と夜に消えるなど当たり前のことなので、誰も何も思わぬ。


 「どこか開いている暖かい部屋で、うまくやれ」

 などと、こっそり応援するほどだ。

 だが……。

 この伯爵家の若い女給は、既にリードルに金で雇われた連絡員だった。


 これまでに何度も、リードルが屋敷を出られないときに「密書」を指定の場所に届けている。


 この情報により、魔法に比べタイムラグはあるものの、ムーサルク側の内情もわりと王宮に筒抜けだった。


 「こちらです」

 屋敷の中、女給が、リードルをとある場所に案内する。


 笑顔で手を引いて、いかにも女給の方からリードルを誘っているようにも見える。


 連絡員として、かなり腕が良い。


 もっとも、金だけではなくリードルは実際にこの女給と抜き差しならぬ・・・・・・・仲になっており、時間のある時に様々な密偵仕事を「仕込んで」いた。


 従って、女給としてゴドゥノやムーサルク近くに仕えながら、あるもの・・・・の場所を常に掴んでいる。


 その「物」とは……。


 「いま、ゴドゥノ様もムーサルク様も、宴に出ております。宝珠を監視しているのは、いつもの傭兵のみです」


 「分かった」


 つまり、リードルに課せられた密命は(王家からすれば偽)「冬の日の幻想」の破壊、もしくは強奪であった。


 傭兵と云いつつ、いつもムーサルクの後ろに控えて宝珠を護っている大柄な戦士は、傭兵隊長のウィーガーですら名前も知らない。実態はムーサルクが直接雇っているか、そもそも従者兼直参なのだろう。


 その日も、暗がりで微動だにせずに宝珠箱を置いた棚の前に立っている。

 いつ寝ているのか、食事をしているのかも不明だった。

 (もしや……人間ではないのかもしれん)

 リードルが覚悟を決めた。


 「いいか……私が明日にもいなくなっていたり、生きていてもまったく別人になっていたりしたら、1番の密書をいつものところへ。そして金を受け取り、この屋敷を出ろ。ムーサルクには二度とかかわるな。いいな」


 「リードル様……」

 女給が、涙を浮かべてリードルにしがみついた。

 「世話になった。御別れだ」


 最後に別れのキスをし……リードルが女給を突き放した。けして美人とは云えない、痩せてソバカスだらけの17歳の気丈な娘は歯を食いしばり、その場から暗い廊下を走り去った。


 「……!」


 リードルは息を整え、腰の後ろの魔法の短剣の束を握りしめた。彼は元々短剣使いであり、暗殺者であった。そこを、2年前に第6騎士団にスカウトされたのだ。


 この無銘の愛剣は魔法の剣で、攻撃力は+20付与ほどだが、暗殺剣らしく高確率でヒット&デッド効果がある。また、魔法の猛毒も剣身に染みこんでいた。間合いさえ詰めれば、かすっただけで常人なら死に至る。


 (普通の人間なら……な……)


 前から目をつけていた、あの四六時中宝珠を専門に護っている傭兵。ここにきて、瞬きすら・・・・していない・・・・・所を見ると、とても「普通の」人間とは思えなかった。


 リードルは呼吸を整え、気配を消し、身を低くして廊下から広間に入ると……一気に暗がりを走って男に迫った。


 男が自動人形・・・・のように・・・・反応し、太い腕が高速で振り回された。


 リードルが、ダッシュから忍者めいて側転! それをかわし、逆手に持った短剣を構えた。


 既に、腕を切りつけている。


 これだけで魔法毒が回り、たちまち相手は全身がマヒし、泡をふいて呼吸を止める。


 ……はずだった。


 ガギガギと音がして、廊下から射しこむ仄かな燭台の明かりの元、大柄な傭兵の肉体がひしゃげた。


 「う、ぅ……!!」

 リードルが目を見張った。

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