第12章「げんそう」 5-18 ゾールンとゾォル
「恐れ入りまして御座ります!」
「し、しかし殿下、ムーサルクはどう見てもチィコーザ人。南方から送りこんでいるというのは……どういう……?」
キレットの質問にルートヴァン、
「お前が云っていたではないか、キレットよ。その恐るべき呪いの秘術は、ナントカという南方大陸の珍しいエルフしか使えないのだろう?」
「いかさま」
「また、その白シンバルベリルによる特殊な宝珠は、人々を強力に幻惑させる。つまり……」
キレットとネルベェーンが、息を飲んだ。
「魔王の送りこんできた密林エルフめが、ムーサルクに化けていると……!!」
「フ……そうなるだろうな」
ルートヴァンの言葉に思わずキレットとネルベェーンが目を合わせ、ドアの外を警戒しつつその様子を見ていたホーランコルも、
(なにやら、ただ事ではない様子……!)
と、気を引き締める。
「しかし、殿下、それでは、このチィコーザ王国の王位継承にかかわる内乱騒ぎは、魔王の案件ということに……!」
「そうなるな。古の封印魔王ゾールンが関与する案件だ」
キレットとネルベェーンが、また息を飲んだ。
「え……殿下、いま、移封された魔王の銘は、なんと?」
「フローゼによると、ゾールンというらしいぞ。てっきり廃神殿の名か地名だと思っていたが、そもそも大昔に封じられた魔王の銘らしい」
「で、殿下! 我らの生まれ育ったガナン近くに伝わる、伝説のヴィーキュラーガナンダレ密林エルフどもが奉じ、仕えている恐るべき竜魔神の名は、ゾォルと申します!」
「なんだって?」
息せききったようなキレットの声に、思わず、ルートヴァンの声も一段高くなった。
「……なんだ、答えは最初から出ていたというわけだ!」
そう云って、ルートヴァンが笑い出した。
「魔王や魔神の銘を、互いに最初に確認しておれば、どうということのない……」
「申し訳も御座りませぬ! まさか……そのような……」
「物事など、そういうものだ。分かってみれば他愛も無いが、それが分からんから苦心して考えるのだ」
「ハッ」
「ゾールンとゾォル……ここまで来て、よもや偶然の一致では済まされまい。物の名というのは、時に古代の真実を包括する」
「いかさま!」
「順に整理すると……いつの時代にか、何者かがこの地に恐るべき古代の魔王ゾールンを封じた。後年、大魔神メシャルナー様がその封印を護るため、信頼する騎士イヴァールガル・パテティーキュルス・チィカールに命じ、この地にチィコーザ王国を建てた。だが何らかの理由により、建国から300年後に封印された魔王ゾールンを封印ごと世界の裏側に飛ばした」
「ハイ」
「ちなみに、移封する秘術を編み出し、実行したのは、我が先祖らしいぞ!」
「……ハ……エ、エエッ!? ま、まことに御座りまするか!!?」
「ハハハ! かように、物事というものは、つながっておるのだ!」
キレットとネルベェーンが、また驚愕と感嘆に絶句する。
「そして、飛ばされた南方大陸のガナンという地の果てでは、そこに元から住んでいたか、後から来たかは知らんが……ナントカ密林エルフどもがその魔王を魔神として奉じ、ゾォルとして現地の伝説となった。そしていま、狡猾な魔神は、移封された秘術の痕跡を辿って、少なくともこの地に舞い戻るため、壮大な計画を実行している。その集大成が、偽ムーサルクだ……!!」
「恐るべき魔神に御座りまするな……!」
「そうだ……。だが、我らには聖下がおられる。そう簡単にはゆくまいよ」
「いかさま!」
「まだ謎はある。偽ムーサルク、王宮の何をもって封印を解こうとしているのか……これは、もはやチィコーザ王に聴かねば分かるまい」
「はい」
「問題は……その事実をもってして、我らがどう動くか……」
「ムーサルクめと、戦いますか」
「まだ速い。焦って動いて、お前たちに何かあっては助けられん」
「我らのことなど、御気になさる必要は……」
「たわけが! まだそのようなこと云うか! もはや貴様らは、聖下の救世になくてはならん人材だ! 自らを卑下する発言や態度は許さんぞ!」
キレットとネルベェーン、再びグッと涙をこらえ、
「有り難き幸せ……!」
か細く震える声で、そう答えた。




