第12章「げんそう」 5-16 攻めているほうが玉砕
「落とせ、落とせ!」
キレットとネルベェーンを含めた数人の魔術師による魔法攻撃が散発化したのち、兵士らがあらかじめ用意していた数十センチほどもある大きな岩を、高い木塀の上から数人がかりで容赦なく落とす。音を立てて斜面を岩が跳ねて転がり、
「ギャッ!」
「グワッ……!」
身動きの鈍い装甲騎兵を押しつぶした。
また、あわてて岩を避けて無防備になったところを、板金すら貫く強力な複合弓や、魔法の矢をまともに受けて絶命した。
1時間もすると、騎士団の損害は半壊以下に達し、近代戦の判定でも余裕で全滅状態になった。
「団長、引きましょう! 我らの負けです!」
「撤退を!」
この状態で逃亡する騎士がいないだけでも褒めてしかるべきだったが、丘の手前で指揮を執るミャフスコーエル第5騎士団長は撤退を許さなかった。
「我らが引いたら、誰もヤツらに戦いを挑まなくなるぞ! 王国にすでに兵なしと、諸国に宣伝する気か!」
「しっ、しかし!」
あの、妙な大規模陣地魔法だけが予想外だった。
いや、国王はそれを予想し気をつけろと命令されていたはずなのに……やはり、心の奥で舐めていたのだ。油断していたのだ。侮っていたのだ。まさかあれほどとは、想定していなかったのだ。
ミャフスコーエルが、深刻な表情で目をつむった。
この寒さに、汗が止まらなかった。
実戦に「まさか」などないことを、頭では分かっていたつもりだった。
まったく分かっていなかったのだ。
玉砕という概念は彼らの世界に存在しなかったが、最後の1人まで戦う事実上の玉砕戦というのは歴史上存在した。が、それはむしろ陣地にこもっているムーサルク軍の戦法だ。
何が悲しくて、攻めているほうが玉砕しなくてはならないのか。
撤退やむなし、か……!!
ミャフスコーエルが歯を食いしばっていると……。
「……!?」
ふと、丘の上からの攻撃がやんだ。
そして、ムーサルク軍の陣地に、赤と黄色の旗印が掲げられた。
各地の国衆の兵も含めチィコーザ王国全体で取り決めてある、降伏勧告の印だった。
そして、ゴドゥノがブリキ製の大きな拡声器を持って、
「降伏せよーッ!! 降伏し、ムーサルク様に御仕えするのであればあッ!! 新王朝でも、騎士の身分を保障しようではないかあああーーッ!!」
「……なぁああにををををぅおおおおおお!!!!」
ミャフスコーエルが眼をむいた。
「それが嫌なら、命を惜しみ、とっとと尻尾を巻いて逃げ去れえええーーーッ!!」
その言葉に、ムーサルク軍の兵士たちがドッと沸いて囃し立て、金物や太鼓を打ち鳴らした。
「ぶぶぶ、ぶぶっぶぶ、ぶ無礼な……!!!!」
ミャフスコーエルの顔が、怒りと恥辱で真っ赤になった。
「団長!!」
「騎士団長!!!!」
「我ら、最後の1騎までも!!」
ミャフスコーエルはブルブルとふるえながら、
「おおお応よおおおお!! いっい、偉大なるイリューリ王に栄光あれ!!」
「応!!」
「偽ムーサルクなど、ぶっ殺せえええ!!!!」
「おおおおお応ううううう!!」
「とぉおつげぃいいいいい!!」
騎士団長自ら抜剣し、丘に走り寄った。
「愚かな……」
ゴドゥノが、悪魔のような笑みを浮かべた。
そこへ、再び大柄な兵士の持つ箱に「冬の日の幻想」を置いたムーサルクが、その兵士を従え、最前線に出てきた。
「殿下、御眼汚しに御座りまする!」
ゴドゥノに云われたムーサルクだったが、右手を上げてその言葉を制した。ムーサルクの後ろに控えるホーランコルとウィーガーは、また宝珠の力で騎士団を幻惑・洗脳し、仲間に引き入れるのだと思ったが、
「見よ、あの悲壮にして悲愴な姿を。あれが栄光あるチィコーザ騎士団か。対外征服を任務とする、鬼の第5騎士団『鎚』か」
「いかさま! 引導を渡してやりましょう!」




