第12章「げんそう」 5-15 空間雪崩
「わ、我らの違和感の正体はあれです! あの宝珠は、南方大陸の呪物を加工したもの! 彼の使う魔力は、我らがかつて慣れ親しんだ南方大陸の呪いの力です! しっ、しかも、その魔力は……!!」
キレットがそこまで声を絞り出したとき、ついに呪いが作動した。
「……うわっ」
地震のように地面が揺れたが、地震ではない。空間震だ。空間全体が、細かく揺れている。
読者諸氏は、第10章においてキレットとネルベェーンが大規模な呪いの一種で北方の竜の群れを操り、ガフ=シュ=インの地方軍閥の兵を襲わせたのを覚えておられようか。
南方大陸の魔術は、帝国では一般的な直接攻撃はむしろレアで、様々な「呪い」が一般的だった。
その呪いも、種類によっては直接攻撃に匹敵する即物的な効果を及ぼすものもある。
さらには、術の規模によっては国や部族ごと呪うような無差別で広範囲のものもある。
この場合、呪いの範囲はこの谷間全体で、効果は……。
ムーサルク軍が本陣を置く丘の真上の空間……薄曇りの灰色の空が、細かく揺れ始め、まるで波打ち際のようにざわざわと振動が重なってゆく。
その異様な魔力と効果は、戦いを見守っていた討伐軍の魔法部隊も感知した。
「ロンジェートル様!! あれを!!」
あらゆる陣地魔法を想定し、できうる限りの対抗術を構築していた魔法部隊も、
「……なんだ、あれはああああ!!」
まるで空の上に大量の水が現れたように見える空間震に仰天し、
「きっ、きっと洪水の魔法です!! あの湖がごとき大量の水を、空から友軍に落とす気かと!!」
「落とさせるな!! あの水を押しとどめよ!!」
ロンジェートル魔法部隊長の号令一下、緊急の「障害魔術」を全員で唱え、術式を大至急で構築し始めた。水を押しとどめるか、偽ムーサルク軍の上に落とせば、逆転だ。
が……。
それは、水ではなかった。そもそも、物理的なものではないのだ。
空間の震えが最高潮に達し、
「r”gッwぅゲ∽(襲え)!!」
ムーサルクが人間には発音不可能な言語とも云えぬ音でそう叫び、ピタリと踊りをやめると、空間の震えが一気に解放され、ムーサルク軍の頭上から丘の稜線を通って討伐軍に襲いかかった。
「空間雪崩」である。
次元攻撃の一種だ。
次元クレバスを作って敵を空間の狭間に落とすより術が簡単で消費魔力も少なくて済み、かつ当該空間に及ぼす影響も格段に少ない。
それでいて、威力は次元クレバス攻撃に勝るとも劣らぬ。
弱点は、発動まで時間がかかることだが、白シンバルベリルより得られるムーサルクの巨大な魔力は、発動時間を大幅に短縮せしめていた。
「なんだ!?」
と、思ったときには、マルフレードを含め谷間に殺到していた討伐軍のほぼ全員が大規模空間振動の直撃をまともに受けてセンチ単位でグシャグシャに潰され、粉々に砕かれ、切り刻まれ、空間の隙間にぶちまけられていた。
「そ……そんな……!」
魔法部隊が絶句していると、大規模振動が谷の反対側を駆け上り、魔法部隊やまだ突撃できていない兵士たちを直撃。一瞬で同様の結果となった。
「ムウウウウーーーーサルク様あああああ!!!! 万歳ぃいいいいいいい!!!!」
ゴドゥノが大声で叫び、兵士や伯爵家の将軍らも万歳を狂ったように斉唱した。
「……!!」
幽体離脱したように立ちすくんでいるのは、ホーランコルたち傭兵だけだった。
しかし、まだ戦いは終わっていない。
「ミャフスコーエル様、敵が何やら陣地魔法を!」
「もう遅い、このまま突っこむぞ!」
谷間を迂回していた第5騎士団鎚部隊2,000ほどが、ムーサルク軍が本陣を置く丘の裏手の平地に到着し、そのまま横腹から背後にかけて吶喊した。
だが、既に無勢は討伐軍になっていた。
ムーサルク軍全軍が、第5騎士団を迎え撃った。
遠距離から雨あられと魔法の矢、火珠、弓矢が降り注ぎ、魔法援護のない騎士団を駆逐する。
騎馬ごと打ち据えられ、1騎、また1騎と数を減らしながら丘を駆け上り、坂木や丸太を組んだ馬防柵の並び立つ防御線まで到達すると馬を下り騎士となって弾丸のように突き進んだ。
「流石、名にし負うチィコーザ宮廷騎士団だ!! 歩兵となっても、1騎が雑兵数人分だ!!」
伯爵軍を含めたムーサルク軍が、感嘆の声を上げた。
だが、この状況で、もはや騎士団に勝ち目はない。
せめて、ムーサルク軍が平野に本陣を置いていれば、攻め方も変わったのだが……。




