第12章「げんそう」 5-13 判断が速い
マルフレードが剣を片手に、勇壮に毛長馬を駆っている。
「あの大馬鹿者めがァ!!!!」
怒り狂いつつ、何が起きたか察した。王子の子飼いの兵たちがラッパ兵と軍旗兵を殺し、ラッパと軍旗を奪ったのだ!
もちろん、下手をすれば死罪にもなる厳重な犯罪行為であり、この戦いに勝とうが負けようが王子の断罪は免れぬ。
それでも、王子は自らの突撃にこだわったのである。
「閣下、如何すれば!!」
アーレンス公、流石に判断が速い。
「こうなれば是非に及ばず! 全軍をもって殿下に続け!! 殿下が御討ち死に、あるいは人質にとられようなものなら、我ら全員の死でも償いきれぬぞ!!」
「おおお応ううううう!!」
「魔法部隊は、大規模陣地魔術にだけ警戒せよ! 余計な補助攻撃は無用だ! 間に合わんかもしれんが、対抗術を用意しておけ!!」
「畏まりまして御座ります!」
「突撃できる者から、随時突撃しろ!! 馬ひけえええええい!!」
数人の従者が慌てて公の馬を引き、踏み台を用意して、公が見事に跳び乗った。
「後はもう、勝つか負けるかだ!! 死を惜しむなよ!! さらばだ!!」
騎士団長らの準備が整う前に、もうアーレンス公が自身の兵と公爵家騎士団の元に駆け戻り、一気に突撃する。
にわかに、陣が沸き立った。
「な、なんだ、いきなり攻めかかってきたぞ!」
驚いたのは、ムーサルク軍である。
確かに谷間に誘いこむ罠を張ってはいたが、討伐軍は本陣も敷いておらず、少なくとも攻撃は明日だと思っていたし、罠を見破られて迂回された場合に備えてすぐさま追い討つ準備も整えていた。
それが陣を敷くどころか、到着したと思ったら唐突に少数の突撃部隊が谷を下りはじめ、全軍が少しずつバラバラに突っこんできたのである。
「あんな攻撃、あるか!?」
傭兵隊長ウィーガーも目を丸くした。素人以下だ。
「奇襲のつもりか!? それとも罠か!?」
「分かりません!」
ホーランコルが、そう答えた。本当に分からない。あんな中途半端な拙攻は、考えられなかった。
(なにか、起きたな……)
そう、判断せざるを得なかった。もっとも、何が起きたのかは、想像もつかなかった。
「ひきつけて、防衛戦開始だ!」
ムーサルク軍は既に丘の上に木板で高塀を築いて要塞化しているし、また谷の中腹から丘の上の本陣にかけて、斜面に防衛柵や逆木を組んで物理的に防衛線を張っていた。
「射れ、射れ!!」
そこへ雨のように弓を射かけて、さらに少ないながら火珠の魔術が迫撃砲代わりに飛んだ。
討伐軍の兵士が爆発にぶっ飛び、
「殿下、殿下、御下がりを!!」
さすがに、マルフレード家の兵士も王子を下がらせる。
「何を、怯むな!! 遮二無二突撃しろ!! 偽ムーサルクは目の前だぞ!!」
湿地で馬は勧めず、騎馬隊はみな膝から腰まで冷たい水に浸かりながら谷を突破し、兵を率いて丘に登り始めていた。
が、王子隊は突出しすぎてもう孤立し始めており、狙い撃ちの状態だった。
「あのばか大将を射ち殺せ!!」
まさか討伐軍総大将の王子とは露知らず、ただの勇み足部隊長と思って、伯爵軍の将軍がそう指令を出す。
「殿下を御救い申し上げろ!!」
「騎士団、前へ!! 前へ!!」
「工兵は湿地帯に速く板をかけろ!!」
馬が通れるよう、急いで既に準備していた万能板をかける。
「兵団、前へ出ろ!! いいから出ろおおお!!」
泥まみれになりながら、兵士たちが谷間を埋めつくした。多勢に無勢、倒されても蟻のように谷を渡り、丘に取りついて駆け登る。
「いいぞ、いいぞ! 余に続け!! 我こそはイリューリ王が長子、マルフレードなり!! 奸賊ムーサルクを討ち取りに参った!!」
マルフレードも嬉々として剣を振り上げ、兵を鼓舞した。
「馬は回りこんだほうが速い!! 我に続け!!」
ミャフスコーエル第5騎士団長が冷静に戦場を見つめ、鎚騎士団の大半を率いて大回りに谷を迂回し、全速力で横腹からムーサルク軍を突くべく走った。




