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第12章「げんそう」 5-12 突撃命令

 「グリンエル」

 「ハッ!」

 「ミャフスコーエル」

 「ハハ!」


 アーレンスの呼びかけに、第4騎士団長グリンエル卿と第5騎士団長ミャコフスーエル卿が応える。


 マルフレードが2人の騎士団長を汗だくで凝視する中、アーレンスが穏やかに、


 「殿下は、慣れぬ行軍で御疲れだ。御下がり頂き、しばらく・・・・御休み頂くようにせよ」


 「畏まりまして御座りまする!!」

 すぐさま、両騎士団長が手を上げ、

 「御免!!」

 と、屈強な警備の騎士がマルフレードの両脇を抱えた。

 「きッ貴様らあ!! やめろ! 離せ!! 離せえ!!」


 マルフレードが暴れたが、鍛えに鍛えてある警護騎士には、流石にかなわない。


 「叛乱だあッ!! これは叛乱だぞおお!! アーレンス!! 貴様ッ、覚えておれ!! 必ずクビを刎ねてやる!! 覚えて……!!」


 陣幕より連れ出され、そのまま王族用の天幕テントに押し籠められた。厳重なる見張りがつき、マルフレード王子は「しばらくのあいだ御静養」と相なった。


 「やれやれ……」

 アーレンス公が息をつき、軍議が再開される。


 けっきょく、偽ムーサルク軍を相手にせず、谷前で転身、森を迂回して平原を通り、台地から街道に入って進軍、シャスターの町を焼き払うこととした。そして偽ムーサルク軍が転身して追って出てきたところを、台地で迎え撃つのだ。


 「罠を張ったつもりが、逆に我らに張られるというわけだ」

 アーレンスの指揮は、大軍であるが故の必殺の作戦だった。

 唯一の誤算は、総大将の無駄な行動力とくだらない思いこみだった。


 マルフレードは、自らの家より狂信ともいえる忠節を誓っている最側近の兵を身辺護衛の親衛隊として、140人ほど連れてきていた。その者らの代表が夜のうちに「御見舞い」と称して王子に謁見を求めた際、流石に断るわけにもゆかず、天幕テントへ入るのを許した。


 その時には、王子の極秘命令が伝わっていた。

 翌日、進軍が再開され、王子も馬に乗って最後尾をゆったりと進んだ。


 その表情は、苦々しく歪みきるのを通り越し、死人のように無表情で、思いつめた悲壮で彩られていたので、兵たちも「王子は非常に御疲れである」という通達を信じきり、みな同情の眼で見つめていた。


 「閣下! 谷が見えて参りました!」


 アーレンスが前に出て、緩やかな坂の下に広がる谷間と、その底地に広がる湿地、さらには谷向こうの高台におかれた偽ムーサルク軍の陣地を見やった。


 「フン……! あんな場所に我らを誘いこもうと企んだとは……舐められたものだな」


 一瞥し、アーレンスが鼻で笑った。


 「行くぞ! あんな連中にかまうな。一気にシャスターを落とす! 追ってきたらすぐに反転できるよう、陣を整え……」


 その時であった。

 「全軍、とぉおおつ撃ィイイイイーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 凄まじい号令がし、突撃ラッパが高らかに吹かれたと思うと、「一斉突撃」の命令を意味する大軍旗が棚引いて、ある一団が谷底めがけて突っこんだ。


 「!?!?!?」


 アーレンスを含め、騎士団長やその副官らも、何が起きているのかにわかに理解できなかった。


 が、突撃ラッパと「一斉突撃旗」は、まぎれもなく本物だった。


 騎士団はともかく、一般兵がこのラッパと旗に逆らう権限は持っていないし、逆らうという発想すら無い。


 「突撃だああああああ!!」

 「突撃いいいい!! 突撃いいいいい!!!!」

 「急げ、突撃準備ぃいいいい!!」

 「準備でき次第突撃しろおおおおおお!!」


 軍団のあちこちで中隊長、小隊長がそう号令を発し、雪崩を打ったように軍団が谷を下りはじめた。


 「だ、誰がこんなことを!!」

 「止めろ! 突撃命令は間違いだ!!」

 「止まれええええええ!!!!」

 「中止いいいいい!! 突撃中止ぃいいいいいい!!」


 騎士団長らがそう喚き散らしたが、一部の騎士部隊も馬で谷を駆け下りており、


 「だめだ、もう、とても止められん……!!」

 アーレンスが顔面蒼白となり、最初に突撃した部隊の先頭に目を凝らした。

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