第12章「げんそう」 5-11 無邪気すぎるバカ
また、飾りとしては社交的で明るいマルフレードは、クリャシャーブより適任のはずだった。クリャシャーブはどちらかというと宰相タイプで、王の器ではない。
唯一にして最大の誤算は、マルフレードに自分が御飾りだという自覚もなければ、そんな御飾りや神輿になるつもりも毛頭ないということだった。
進軍中はアーレンス公爵を含めた騎士団長、宮廷魔術師長ら軍団幹部もよくマルフレードを立て、云うことを聞いていたが、密かに王の命令が届き、いざムーサルク軍と対峙する段になって、事態が一変する。
「明日にも、偽ムーサルク軍と接触しましょう。偵察隊及び魔法偵察の情報によりますると、既に偽ムーサルク軍はこの谷間に我らを誘いこもうと陣を張っている様子。谷を迂回し、シャスターを攻めると見せかけて、偽ムーサルク軍を逆に誘い出し、この台地で迎え撃ちましょう」
第5軍と第4軍の参謀たちが、そう具申する。
非常に理にかなった作戦と云えた。
「あるいは、軍を分けて谷へ攻めると見せかけ、一部は敵の背後に回る手も御座りまする」
「谷に、大規模陣地魔法がかけられている可能性は」
それには、初老の宮廷魔術師長が、
「観測の限りでは、陣地魔法の痕跡はありませぬ。しかし、敵は謎の宝珠を使います。未知の魔術の可能性も。念には念を入れ、やはりうかつに谷を渡るのは御勧め致しませぬ」
皆がうなずいていると、
「迂回はせぬ」
え? と、一同がマルフレードを見やった。
「お前が作戦に口を出す必要はない」
と喉まで出かかったが、アーレンス公、
「殿下、ここは、我らに御任せ……」
「バカをぬかすな。余も前線に出るぞ。みな、余に続けよ!」
「!?」
笑顔で云ってのけるマルフレードルに、全員がアーレンスを見た。アーレンスがすかさず、
「殿下。総司令官が自ら前線に出るなど、前代未聞……」
「その前代未聞を、やってのけて見せる! 余自ら、正面から堂々と偽ムーサルクめを討ち取ってな!」
いやいやいや……。
「殿下、御冗談を」
つい、第4騎士団長がそう云ってしまい、
「冗談ではない!! 無礼者が!! 騎士団長が余に続かんで何とするか!!」
アーレンスを見やる一同の表情が、にわかに強張った。
「殿下! 殿下にもしものことがあった場合、陛下に対し我ら全員の命をもってしても、償いようが御座りませぬ!!」
アーレンスの声にも、緊張感と怒気がこもった。
「心配するな、みすみす討たれる余ではない! それに、陛下の御期待に応える唯一の機会を奪ってくれるな! この機会を逃しては、余は次代の王にはなれぬ!」
そういうことか……と、アーレンスは少し安堵した。
イリューリ王に、認めてほしい一心なだけだ。
子供じみた我が儘だ。
「殿下……御心配には及びませぬ。この戦いの全ての手柄は、何があろうと殿下のもの。我らが殿下を差し置いて、陛下に手柄を報告するはずがありませぬ。また陛下も、そのような不届き者の報告など、真に受けるはずも御座りませぬ。殿下は総大将として、本陣で我らの活躍を御高覧あれ」
「それでは、余の気持ちがおさまらぬわ!!」
涙目で、耳まで真っ赤になり、40も超えたヒゲモジャの偉丈夫が喚き散らした。
「何があろうと余は最前線で剣をふるい、偽ムーサルクを自ら討ち取らねば、王国民はだれもついてこぬであろう!!」
「そんなことは、ありませぬ!!」
「アーレンス公!! なぜ、分かってくれぬのか!!」
無邪気すぎるバカ、やる気のあるバカほど手に負えないものはない。まして、それが賊軍討伐の総司令官だなどと……!
「事態はもはや、殿下の御気持ちで片付く段は過ぎて御座りまする! シャスター伯が討たれているのですぞ! 内乱だ! 王国に内乱が起きているのです! 我らに全てを任せ、殿下は余裕をもって、本陣でどっしりと座り、我らを御見守りくだされ!」
断言され、涙目のマルフレードが、歯ぎしりしてアーレンスを睨みつけた。
「……アーレンス、貴様……余では到底、偽ムーサルクめに歯が立たぬと申すか……!!」
「さようなことは、申しておりませぬ!!」
「云ったではないか!! 無礼者めが!! そこへ直れ!!!!」
マルフレードが席を立ち、腰の剣に手をやったので、騎士団長や副官達も思わず立ち上がった。




