第12章「げんそう」 5-10 情報が飛ぶ
その日の軍議を終え、ウィーガーが傭兵たちに作戦内容を伝達した。
「谷あいに誘いこむんですか!」
若い傭兵、リードルが感心して手を打った。彼にとっても、個別の冒険者仕事以外の、このような大規模戦闘は初めてだ。帝国は一枚岩のようで、マンシューアルがフランベルツに攻めこんだように、しょっちゅうあちこちで小規模な内戦が起きているし、帝国外からの侵略もたまにある。また逆もしかりだ。リードル以外の傭兵は、南部や西部で戦争に参加した経験があった。ホーランコルですら、10代の神殿付戦士だったころ、帝国の西部遠征にウルゲリア兵として参加したことがある。
興奮するリードルを暖かい目で見やり、傭兵部隊の会議は終わった。
そのリードル、空いた時間に素早く街に出る。
しかも、すっぽりとフード付きマントを頭からひっかぶっていた。
市民が動揺しないように、傭兵があまり目立たないようにしている……と云えば聞こえが良いが、ようするに、人目を忍んでいるのだ。
なぜか。
この若い傭兵は、第6騎士団通称「穴熊」の一員だからである。
既に作戦内容を独特の文字で密書にしてあり、それを間者に託すだけだ。
なお相手の間者も、シャスター市民にまぎれた穴熊だった。
何度も尾行を警戒し、辻を複雑に曲がって、とある雑貨屋の裏手の植木鉢の下に密書を入れる。ちょうど偽ムーサルクがシャスターに現れた半年前ほどより雑貨屋で下働きをしている中年男性がその密書を素早く入手し、物を仕入れに行くついでに町はずれの鳩小屋に行くと、伝書鳩に密書を託して、王都に向けて放った。
こうして、待ち伏せ作戦の内容から本陣の位置、さらには王宮で月の塔家の手の者がスパイとして情報を偽ムーサルクに回し、あまつさえ密かに南平原家を抱きこんで兵まで融通しているという現宗家に対する重大な裏切りまで暴露された。
が、魔法伝達ではないので、どうしてもタイムラグが発生した。
魔法伝達といえば、ほぼ同じ内容がキレットから伝達小竜を通じてその夜のうちにルートヴァンに伝えられている。
ストラたちは、ボリツァイ村から街道筋に出て、まだ宿場町カリーニにいた。
「ふうん……まともに戦って、勝てるとは思えんがな」
「いかさま」
魔力通話で、キレットが答えた。
「つまり、まともに戦うつもりもないのだろう」
「と、申されますと?」
「奥の手があるということだ。その特殊なシンバルベリル……単なる催眠やら幻覚やらで終わるとは思えん。大規模な攻撃魔法を準備している様子は?」
「いまのところ、ありません」
「よく観察しろ。僕なら、その谷間に大規模な魔法の罠を張る。1万や2万の軍勢なら、一撃で殺してみせるぞ」
「確かに……よく観察します」
「云わずもがなだが……妙な陣地魔法に、巻きこまれるなよ。何をやらかすか、知れたものではないぞ」
「了解しました」
しかも、ルートヴァン達には仲間扱いされているシーキがおり、ルートヴァンはシーキが自由に報告することを許しているので、リードルから王家に伝わる内容とほぼ同じ内容が異次元魔王にも伝わっていることが、王宮に筒抜けとなった。
その王宮では、数日遅れでイリューリ王に報告が上がった。
「月の塔が、偽ムーサルクめに通じておる様です」
「フン……さもありなん。旧宗家は、月の塔家の出だからな。無視もできまい」
「陛下、何を悠長な……」
「偽ムーサルクを、討ち滅ぼせばよいこと。罠を張るというのであれば、大規模な陣地魔法に気を付けよとマルフレード……いや、アーレンスへ伝えよ」
つまり、討伐軍の事実上の総司令官は、副官のアーレンス公爵というわけだ。
「よもや正面から突っこむこともあるまいが、あれほどの魔法の宝珠を使う連中。魔法攻撃だけが気になる。魔法部隊をうまく使え。対陣地魔法防御を構築する間は無いだろうが……みすみす相手の策略に引っかかるということだけはないようにな」
「御意」
どちらにせよ、騎士団統括権を有する公爵でなくては、騎士達や騎士団付属の魔法部隊は動かない。マルフレードは、端から飾りだった。
だが、飾りには飾りの役目や仕事がある……。
イリューリ王も、跡取り王子がよもや飾りの仕事すら満足にできないとは、思わなかったに違いない。
イリューリとしては、自分の次はマルフレードを飾りにし、側近らが盤石の政治体制を築くほかは無いと判断していた。
そのための最初の仕事が、偽ムーサルク討伐だった。血気盛んなばかりで無能のマルフレードに、飾りの自覚を持たせるための……。




