第12章「げんそう」 5-9 打って出る
ムーサルクの近くのドアを護りながら、ずいぶん詳しいな、その「同志」とやら……と、ホーランコルは思った。
(王宮内部に、間諜がいるのか……? やはり、ただの馬の骨ではない……)
「で、こちらは? 月の塔からは、何人が応援に駆けつけている?」
ホーランコル、ギョッとしてその言葉を聞いた。
(つ、月の塔とは……もしや、月の塔家のことか!? ま、まさか、宮家が、現宗家を裏切って偽ムーサルクに加担しているだと!?)
ホーランコルの驚きをよそに、ゴドゥノがこともなげに、
「月の塔から3,500、南平原から1,500が密に合流を。我らは、伯爵家の軍勢を含めて、9,000ほどです。全国から集まれば、12,000ほどになりましょう」
(南平原家も加担を!?)
ホーランコルはあまりチィコーザ王国の内情に詳しくはなかったが、ウルゲリアの元聖騎士候補として、一般教養の範囲内で主だった国々の歴史や現在の政情は習っていた。
すなわち、チィコーザ王国は王に相応しい跡取りがいない場合、初代王の子孫である5つの宮家のうちから国を率いるのに相応しい者が宗家となってしばらく国を導く。現王家は、東方家の出身である。この自称旧宗家の3世子孫ムーサルクは旧宗家なので月の塔家出身ということになり、他に白鳥家、南平原家、雪の谷家がある。
(なるほど、月の塔家としては、自称とは云え旧宗家の子孫を無視もできず……という感じか……? 南平原家は、どういう思惑かは知らんが……)
そこで、ホーランコル、ハタと気づいた。
(なるほど、そうか……王都の情報を逐一伝えているのは、月の塔家か……! よもや、100年前の遺恨を、いまさら晴らそうということか……?)
で、あれば、月の塔家も心中から偽ムーサルクに忠節は誓っていないだろう。偽ムーサルクを利用し、あわよくば現在の月の塔家から新王を出そうという魂胆か。
ホーランコル、感心すると同時に呆れ果てた。
(フン……そこまでして、王になりたいものかね……)
異次元魔王に帰依し、救世の大事業に加わっているという自覚があればこそ、ちっぽけな王国の王位にしがみつき汲々としている様子に、哀れみすら感じた。
とはいえ……。
(43,000と9,000……まして、相手は王国の精鋭。まともにぶつかれば、とても勝ち目はないが……)
やはり、カギは「冬の日の幻想」だろう。あの白いシンバルベリルが、さらなる力を秘めていたとしたら。
(でなくば、このムーサルクという人物、勝ち目もないのに、こんな大それた騒動を起こしたというのであれば……ただの狂人だ……9,000人を、生贄にでもするつもりだろう……)
それとも、他に目的があるのだろうか?
ホーランコル、さっぱり分からなかった。
それはそうと……。
「殿下、籠城しますか?」
傭兵隊長ウィーガーの質問に、ムーサルク、
「いや、打って出る」
「出ますか!」
ゴドゥノが、嬉々として声を上げた。無謀だろ……と思ったのは、傭兵だけだったようだ。思わず、ホーランコルとウィーガーが眼を合わせた。
「平原まで出ますか?」
「いや、平原の手前の……この谷あいに誘いこもう」
一同が、地図を覗きこんだ。
伯爵家の者たちが手を打った。
「素晴らしい! ここであれば、我らは高台に陣をとり、敵は谷間を渡らないと攻めて来れません! しかも、この時期、谷あいの底は冷たい湿地滞です! もう少し本格的な冬になれば凍ってしまう! いまなら行けます!」
(なるほど……この人物、よく地元の地形を把握しているようだ。これなら、兵力の差を少しでも埋められるだろう)
と、ホーランコルが感心する。しかし、
(敵が、うまく谷あいに突っこんでくれば……の話だが)
当たり前だが、討伐軍は正規軍で、しかも対外侵略を担う第5軍が主力だ。こんな地形の罠に、みすみすひっかかるだろうか?
(総司令官が、よほどのばかなら、あるいは……)
この時点で、ムーサルク達に総司令官が第1王子アルフレードであることは知らされていない。
それはゴドゥノも分かっており、
「殿下、今すぐ敵の大将に関する情報を集めましょう」
「月の塔に頼んでおけ」
「ハハァ!」
「いまから、高台に陣地を築いておけ」
「畏まりまして御座りまする!」
すぐさま、兵が動いた。




